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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その125

数が多い問題は少数で試す

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 これまで「考える力・地頭力」に関連して、大学入試の内容や方式が大きく変わり、さらにこの方式が国際的な潮流の「スマイル曲線」にマッチしたものであること、そしてこのスマイル曲線がシャープの買収背景に大きく関連していることなどを巻頭のコメントとしてお伝えしてきましたが、この度、またもやこのことに関連する大きな出来事がありました。

 それはこの2016年7月18日に発表されたソフトバンクによるイギリスARM社の100%買収です。その金額は、ホンハイがシャープを買収した3,888億円の実に10倍近い3.3兆円という巨額なものです。
 このARM買収が、どう「考える力・地頭力」や「スマイル曲線」に関連するのか、以下、説明してまいります。

 多くの人はインテルという名は聞いたことがあっても、おそらくほとんどの人はARMという名前は聞いたこともないのではないかと思われます。
 しかし今日、大部分の人はこのARM社の製品を間違いなく使っているのです。しかも常時頻繁に! というのも、それは半導体回路のチップという形で、インテルの場合はパソコンやサーバーですが、ARMの場合はスマートホンやタブレット端末に必ず使われているからです。

 ARM社はスマホの頭脳にあたる中央演算処理装置や通信用半導体回路の設計に特化した最大手で、自らはチップの製造はしていないものの、チップのメーカーにその設計図を渡している会社で、世界のスマホで言えばその約95 %という、ほとんどと言っていいくらいのスマホに組み込まれており、この設計技術がなくては、アップルもサムスンもスマホを作ることができないのです。

 しかしそうは言っても、次の疑問が出てきます。
 つまりARM社の事業内容が、ソフトバンクのこれまでの通信インフラを中心とした事業分野とは大きく違って、すぐにはそれらと結びつかないということと、また、たとえばチップ事業だけを考えても、その分野だけでこの巨額買収に見合うだけの価値があるのだろうかという疑問です。
 だがその疑問は、孫ソフトバンク社長の語る次の言葉で解けてきます。

「今回の買収で、従来の事業とはすぐにはリンクしない違和感を持たれる皆さんも多いと思います。
 つまり、ソフトバンクはソフトのアプリケーションメーカーでもなければ、OSメーカーでもなく、クラウドを提供する会社になりたいということなのです。

 そのクラウドにさまざまなデータを提供するのは、世界中にばらまかれたチップで、そのチップがないとデータを集められない。
 だからチップのあるところにデータありで、それらはネットワークを通じてクラウドに集まり、そのネットワークを我々グループが日本やアメリカで持っているということです。
 これまでのIT世界の変化を見ますと、まずはパソコンが出て、次にパソコンがインターネットにつながり、その次はスマホなどのモバイルインターネットとなり、そしてこれからは自動運転車、家庭やオフィス、電柱の一本一本、人工知能が解析する情報を集めるセンサーなど、ありとあらゆるモノがインターネットにつながる時代、つまりInternet of Things、略してIoTの時代が確実にやってくるということなのです。
 すると、パソコン以外のものに入っているチップのほとんどがARM製ですから、その中心になる会社はと言えば、ARMになるのです。ARMのチップの出荷は現在の何十倍、何百倍になると思っています。
 私の推定では、2040年には地球上に約1兆個のチップがばらまかれ、1人あたり1千ものモノが全部通信でつながって、そのデータは全部クラウドに何らかのかたちで収納されるようになると読んでいるのです。
 今、世界中の企業やエンジニアたちが何百万種類というアプリケーションをアップルやグーグルが作ったプラットフォームの上で開発している。
 それと同じで、例えば医学や自動車といった分野ごとに、チップとクラウドを通して、我々のプラットフォームを活用する人々がたくさん登場し、さらにデータを収集する機器を作ったり、個人から許諾を得たりしたあらゆる企業が、そのデータを活用していくようになるはずなのです。

 だから今回の買収が、今すぐ金額で表れるという類のものではありません。囲碁に例えると、私は常に7手先まで読みながら石を打っていくということを心がけているつもりですが、今ある石のすぐ隣ばかりに打つのは素人。遠く離れたところにポーンと石を打つ。それが50手目100手目となるときに、非常に大きな力を発揮するのです。
 まあ、わかる人にはわかるし、わからない人にはわからないというもんだと思います。しかし5〜10年後になって、安い買い物だったと理解してもらえると思います」と。

 この孫さんの言葉は、当連載その101で紹介した1999年の言葉「インターネットは電話やテレビや自動車がもたらしたインパクトを3つ全部足したものより大きな変化をもたらす産業になると確信している」や、また連載その34に見る、2000年に語った“先から今を見る”という中の結びの言葉「長い目で見れば、いずれにしろ<超安>だったということなんです」の延長線にあるもの、ということがよくわかると思います。

 そこでまずARM社に注視してみますと、この社はスマイル曲線の川上工程で付加価値が一番高い「考える力」のところ、つまり「研究・開発部分」のエキスパート集団というわけで、孫さんはその川上工程の最先端である源流を押さえたということです。
 さらにインターネットの普及を予見したことに続いて、今度はIoTの普及を予見し、インターネットにつながった世界中のあらゆるモノからのデータがARM社の設計になるチップに収納され、そのデータをまたあらゆる人や企業、機関、組織が適宜利用する際の便宜をはかるという、川下工程での付加価値の高いサービス分野をソフトバンク傘下の企業が提供するというシナリオになっているわけです。

 同様に台湾のホンハイも、やはりシャープの液晶開発のノウハウと、さらにはアップル社が2017年にもアイフォーンに搭載するとしている、曲げ加工が可能なフレキシブル有機ELパネルの開発ノウハウとともに、工程の付加価値が一番高い川上源流を押さえ、そしてサービス面でもシャープの高いブランド価値を確実に計算に入れているわけです。

 これら最近立て続けに起こった2つの買収劇は、製造業やサービス業においてスマイル曲線がその背景にあることを裏付けており、ますます「考える力・地頭力」の付加価値の高さが加速していることを示しているわけです。
 ビジネス形態の変化によって、従来の付加価値構造が逆になった、いわゆるこのスマイル曲線現象はパソコン製造業に端を発し、その後、2000年代初めころから多くの製造業やサービス業にも広く当てはまるようになってきました。

 ちょうどその頃、アメリカの友人から私に送られてきたのが、「HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ?」という荒唐無稽とも思われるタイトルの本でしたが、その中身は思考プロセスや創造力を見ようというマイクロソフトの真面目な入社面接試験の問題集でした。

 面接の制限時間内に難問を解いていく過程は、無理難題の多い仕事を納期内に完成しなければならないというビジネス界の現状そのものを反映しており、面接に出されるそれら難問の中には、ねばり強い思考探求力や判断力、そして表現力・説得力、さらには実行力、行動力までも見ようという背景から出題されている問題が多くあったことや、またマイクロソフトだけでなく他のIT業界やコンサルタント会社、調査会社やマスコミ、それから銀行、保険会社、航空会社なども同じように出題をしていたことなどから、アメリカ社会の求めている人材像もわかりました。

 一方その頃、暗黒の時代が続いていた日本では、やはり思考力や創造力に富む人材の育成やその発掘が課題だったことから、スマイル曲線を含めたこのような世界の潮流を日本でもさらに広く知ってもらうことが非常に重要ではないかと考え、これが私の当ウェブ連載を始めたきっかけでした。

 そしてこのウェブが日経さんの目に止まり、結果、2009年の暮れに「成功者の地頭力パズル」というタイトルの出版に至ったわけです。  この出版のすぐあと、関係省庁や関連機関及び新聞社の論説室や有識者の皆さんに、訴え働きかけたのが次のような内容でした。

先進国に追いつき追い越せの時代はもはやはるか昔のことであり、今や豊かになってきている日本の若い人たちの中には「指示待ち族」や「マニュアル族」が増えてきているという現実がある一方で、学校では教わらなかったような場面に遭遇することが容赦なく頻繁に起こるグローバル化の世界にあって、やはり世界の先頭陣として走ってもらいたい日本の将来を担う若い人たちには、未知・未体験の世界での問題解決能力、新たな創造力、いわゆる自ら考える頭脳・地頭力が必要不可欠となっていること、またその達成を考えると、選択方式や知識偏重で1点を争う今の大学入試からはほど遠い話であり、もはや記憶力や計算力、知識量や感知度といった分野においては、脳よりもはるかに優れた能力を発揮するパソコンやスマートホン、インターネットやセンサーに任せて、人間本来の「考える力・地頭力」をさらに伸ばし育成するため、産学協同でもっと思考力・創造力・判断力・表現力・説得力を見ることのできる大学入試や入社面接に舵を切ることが必要なのでは」というもので、この意向は拙著の中でも言及しております。

 それから5年の2014年の暮れ、大学入試の内容が記述式・プレゼン・論述式などを取り入れて、大きく変わることが遂に発表され、連鎖反応として中学入試でもこの傾向が始まっています。

 当連載その119でも紹介した孫さんの言葉をはじめ、他にも同様な意向を示す意見が多くあり、多くの関係された皆さんの努力の結果、このような発表に至ったものと思われます。

 日本には世界のまねのできない幅廣い技術がたくさん蓄積されています。この新しい教育制度が軌道に乗れば、従来には見られなかった多種多様で異質の「考える力・地頭力」を持った若い人たちが多く巣立ち、新しい「モノ作り」のノウハウが不可欠となるIoTの世の中で、一層大きく活躍する機会が広がるわけです。  これまでベンチャー企業の中心として世界をリードしてきたのはシリコンバレーでしたが、しかし次のIoT時代は日本発の新しい知能と技術で世界をリードしていくのではないでしょうか。

 さて、少々スペースを取ってしまいましたが、それでは今号の設問に入ります

設問125  黒石180個、白石181個、合計361個の碁石が横に一列に並んでいます。碁石がどのような順に並んでいても,次の条件を満たす白の碁石が少なくとも一つあることを説明してください。その白の碁石とそれより右にある碁石をすべて取り除くと,残りの黒石と白石が同数となります。ただし,碁石が一つも残らない場合も同数とみなします。

 この問題を見て、碁石の数が361個と非常に多いことに気づかれた方もおられたかと思いますが、それは囲碁において碁盤上に引かれた縦横19本の線の交差する点が全部で19x19=361あり、その交差点上に碁石を置いていくことから361という数を引用しているのだと思います。

 しかし示されている数が非常に多いことから、つい頭の中が混乱して問題を複雑に考えてしまいがちですが、ポイントを押さえてしまえば、しごく簡単に解けてしまう問題だということがわかります。
 そのポイントとは逆算、つまり設問の前提に従った結果から考えてみることです。

 その結果とは、碁石を取り除いた後の白石と黒石が同数残っているという状態です。つまりこの状態になるには、このとき除いたほうの碁石の列一番左端は前提により白石だということです。
 分かり易く説明するために、この除かれる列の左端にある白石をAとすれば、Aを挟んで、左側右側それぞれの列には白石と黒石が同数あるということになります。つまりこのAの白石が左右両側にある白黒の石を平等に分けるという、境界・分割点の構図になっているということです。

 このようなAの石はどこにあるか。それは左から白石と黒石の数を数えていき、白石の数が黒石より1つ多くなったところの白石がAということです。
 つまりこのAを含めてその右側の列にある碁石を全部取り除けば、設問の条件を満たすということです。
 そういう白石はどこかに必ず存在します。なぜなら白石のほうが1つ多いからです。

 しかし、分割点にならない場合もあるのではないか! との声も聞かれそうです。
 その通りです。それはAが碁石の列の中に入って左右に分けられない、つまり極端なケースで、それは白石が全碁石の一番左端にある場合と一番右端にある場合です。

 では、これら極端なケースを検証してみます。
 Aが一番左端にある場合、それを含めてすべての碁石を除けば碁石はなくなり、「碁石が一つも残らない場合も同数とみなす」という前提により条件を満たすことがわかります。

 ではAが一番右端にある場合はどうか。その右端Aを除くと、残る石は白黒ともに180個ずつとなり、これも条件を満たすことがわかります。
 読者の中には前述のポイントに気づき、このような解き方を導きだした方も多かったものと思いますが、ではこのポイントに気づかない人はどうするのか。

 たびたび申しあげているとおり、この連載の解説で常に意図していることは、世の中に多く見られる単に「正解はこうです」といった、思いつきなども含めていきなり解答に飛ぶ解答形式ではなく、正解に至るまでの必然的な思考過程、プロセスというものを丁寧に説き、解答に至るまでのその必然性を見ていくことに重きを置いています
 これにしたがって、以下に説明を加えますが、まだるいと感じる方は、以下、飛ばしてください。

 ということで、その手がかり、あるいは糸口、突破口を見い出すことができるオーソドックスな道筋として、当連載「その73」の中に列記してある「問題の分類とその解法糸口や突破口となる対処法」を見てみます。 
 するとその中に「設問に大きな数や量が出されているとき、あるいは設問がいかにも複雑なように見えるとき、そんなときは小さな数や量、あるいはシンプルな形や極端なケースに置き換えてみる」という項目があり、本問はこれに該当しそうです。

 そこで白石が黒石より1個だけ多く、碁石の数が少ないケースを2、3やってみます。
 まずは、白石が1個だけという場合、その白石を除くことにより「碁石が一つも残らない場合も同数とみなす」という前提があることから、条件を満たします。

 では次は碁石が3個の場合です。この場合、図1のような3種類の配列があり、(a)か(b)に示されるように、いずれの配列にも条件を満たす白石は必ず存在することがわかります。
 次に碁石の数が5個の場合、前述の(a)か(b)のほかに、図2ののような左右の白黒石を同数に分ける境界の分割点になる白石があることもわかり、ここに至って前述したポイントへと導かれることになると思います。

 ところで本題からはずれた話になりますが、囲碁の対戦では黒石が先に打たれますので、碁笥に入っている碁石の数は、黒石181個、白石180個と決まっています。設問では逆になっていますが、問題としての本質には変わりありません。
 また、挙げ石をどんどん取っていくと、碁石が足らなくなることが起こり得ますが、そのときには対戦相手同士で同数、普通は1回に10個ずつ交換して対戦を続けていきます。

 さて、この設問の背景は、いかに早く分割点の構図に気づくか、またその構図にはならない極端なケースにも配慮できるか、回答スピードやその注意深さも見ようとしているものと思われます。

 それでは設問125の解答です。

正解

正解125

 白石が1個多いことから、その白石を境界・分割点にして361個の碁石を白黒同数だけ左右に分けることができ、その白石を含めて右側に列する碁石を除けば条件を満たす。しかし境界にならないケース、つまりその白石が列の間に入って左右に分けられないケースが2つある。それは白石が全碁石の一番左と一番右にある場合で、一番左にあればその白石を含めて右にある碁石をすべて取り除けば、「碁石が一つも残らない場合も同数とみなす」という前提に合い条件を満たす。また一番右にあれば、その白石を除けば、残る碁石は白黒同数となりこれも条件を満たす。したがって設問の条件を満たす白の碁石が少なくとも一つあることがわかる。

 では次の設問を、出題背景を考えながらやってみてください。これはマイクロソフトが、しばしば出していたという問題です。

問題 設問126  普通の家庭では、お湯の栓をひねっても、すぐにお湯が出てきません。お湯になるまで少し待たされます。ところがホテルでお湯の栓をひねると、すぐにお湯が出てくるのはなぜか。
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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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