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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その21:安全意識とコスト経済意識
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 単に視覚上の盲点を突くといっただけの試験問題を、はたしてビル・ゲイツが出すのか、前回の設問ではそんな疑問が、ふっと脳裏に浮かんだ読者の皆さんも多かったのではないでしょうか。実際は彼の出題ではなかったわけですが、一つは、前々回のケーキカットの設問同様、先入観には注意しながら何事にも常に疑問を持って取り組んでいただきたいこと、そしてさらに、新しい世界へのきっかけとすべく常に視点・見方を変えてみることも試みてほしいこと、そんな皆さんへの願いを込めていくつかの例とともに掲載したのが前回の設問でした。

 それでは今号の解説に移りますが、これはれっきとしたビル・ゲイツの設問です。

問題 設問21 アイスホッケーのリンクにある氷の重さは全部でいくらでしょう。

  この設問を前にしたとき、何かしらの違和感を感じた皆さんも多かったことと思います。というのも、れっきとしたビル・ゲイツの設問にしては、どことなく数学や物理学の応用の世界とはかけ離れた、あるいは創意工夫・創造的発想、機転を利かすといったところのなさそうな問題にみえるからです。
  これはスケートリンクのサイズに関する知識さえあれば、計算だけで解けそうないたって簡単に思える問題で、ソフト開発などに関連したマイクロソフト本来の業務遂行に必要と思われる能力と、これを解くこととの間にいったいどんな関係があるのか、その上、題材がスピードスケートやフィギャスケートではなく、なぜあまり一般に馴染みの深いとは思われないアイスホッケーを取り上げているのか、といった疑問が次々と湧いてきます。
       
  またこの設問の解答に必要なのは体積を出すための「縦」「横」「高さ」という3つの要素だけということもはっきりしています。ですからこれらの数値を当てはめれば体積を算出でき、結果、その重量も出ますから、設問18のところで取り上げたピアノ調律師の題材のように、問題をいくつかの要素に分解して、順次その中身を推定しながら最終結論にもっていくというフェルミ問題でもなさそうです。
 さらにリンクの大きさをある程度まで答えられるとすると、それはスケート連盟の専門スタッフかあるいはその選手くらいのはずで、それが正確にということになれば、そのまたごく一部の人に限られてしまいます。
  その他諸々も含めていろいろ思案していきますと、設問14のように、これはどうやら普段馴染みの薄いものに対する「感覚とのずれ」を見ようとしているのではないか、というところに行き着きそうです。しかしキーポイントはあるのです。

 ここまで考えた方もそうでない方も、いずれにしろ皆さんは専門スタッフでもなければ選手でもないという方が大部分のはずですから、それはそれで自分なりにリンクの大きさを予測されたことと思います。その際、頭の中には冬季オリンピックなどにおけるアイスホッケーの試合光景が浮かんだのではないでしょうか。しかしそれでもアイスホッケーの様子など日本ではスポット的にニュースで流される程度で、会場の大きさをイメージできるまでの長時間放映は皆無ですから、なかなか予測するのも困難です。

  中にはまったく別角度から、オリンピックの水泳競技がおこなわれるプールの大きさと比べて予測した人がいるかもしれませんが、ここでフィギャスケートを連想した人がその解答に一歩近づくことになります。というのもアイスホッケーもフィギャスケートも、リンクの大きさは同じだからです。フィギャスケートは、 先のトリノオリンピックで大活躍した荒川静香選手や、全てのジュニア国際大会で優勝し若干16歳で全日本選手権までも制した浅田真央選手らがいるため、その華々しく活躍する様子が電波に乗って茶の間へとふんだんに届けられました。それゆえ誰でも身近に感じることができたはずで、そのリンクの大きさもだいたいのところを予測できるというわけです。

 さて、皆さんそれぞれが予測した数字と、次の国際スケート連盟が規定している数字と比べていかがでしょうか。まず広さですが、国際スケート連盟がアイスホッケーリンクの標準として正式に規定している縦の長さは200フィート(=60.96m≒61m)、横の幅は98.5フィート(=30.0228m≒30m)、四隅の半径は28フィート(=8.5344m≒8.5m)です。これが標準ですが、縦の長さが56m〜61m、横の幅が26m〜30mの範囲にあるリンクならば公式戦が行える、となっています。

 次に「高さ」、つまり氷の厚さですが、これには規定を設けていません。勝敗に関係するのは当然競技場の広さであり、氷の厚さ自身は直接影響を与えるものではないからです。

 さて、そこでポイントです。たとえ注意深く四隅の半径まで考慮に入れたとしても、この氷の厚みの予測数字によっては体積が大きく違ってくるということです。もちろん氷の厚みが薄ければすぐに割れてしまうことから、それが厚ければ厚いほど安全になるはずだと考えてしまいがちです。しかし実はその逆で、1mもの厚い氷になるとすごくひびが入りやすく割れやすくなるのだそうです。気泡も何も入らない分厚く純粋な氷の結晶を作るのは極めて難しく、いきおい不純物が入りやすくなって、さらに分厚くなればなるほど自重の圧力がドンドン増していきますから、それにも大きく影響されてひび割れが生じやすくなるというわけです。
 
  さらにリンクいっぱいに大変な量の氷を作りあげなければならないため、その経済効率を充分に考慮しなければならないのです。ですから各会場ごとに、その立地条件や施工方法、そして冷却設備の内容にしたがって、安全性とコスト経済性の両面からベストとなる氷の厚さを何回もシミュレーションし、それから最終的に値を決めているということです。その結果、氷の厚さはどこの公式会場も4cm〜7cm内に収めているそうです。競技用リンクにおける1mもの厚さの氷などは、安全性とコスト経済性の両面から問題外ということなのです。

 
  ではまず縦の長さ61m、横の幅30mとして、リンクの面積を出してみますと、6100cm x 3000cm = 18,300,000cm2となります。そして半径8.5m四隅外側にあるおおよその面積を求めるには、縦横17mの正方形の面積から半径8.5mの円の面積を引けば出ますから、(1700cm x 1700cm)−(3.14 x 850cm x 850cm) = 2890000cm2 − 2268650 cm2 = 621,350 cm2。したがって正味リンクの面積は18,300,000cm2−621,350 cm2 = 17,678,650cm2。これに氷の厚さを平均の5cmとした場合、体積は 17,678,650cm2 x 5cm = 88,393,250cm3になります。
 水1 cm3の重さは1gですから、これが水の体積であれば約88トンです。しかし水は氷になると体積が9%増えていますから、実際に水の量で換算しますと88÷1.09 ≒ 80トン、つまりリンクの氷の重さは80トンと出ます。ちなみに氷の厚さが7cmならば、約110トン、4cmなら約65トン。

 公式戦で許される最小リンクとして、縦の長さ56m、横の幅26m及び 最薄の氷の厚さ4cmでやってみますと、四隅外側を除いた面積は (5600cm x 2600cm)−621350 cm2 = 13938650cm2。氷の厚さ4cmを掛けて55,754,600cm3になります。上記同様、氷の比重を考慮して56÷1.09 ≒ 50トン。

 リンクの大きさなど、皆さんの感覚はいかがでしたか。この設問の背景には、実際とは大きく感覚がずれてきてしまわないよう、日常、物事を注意深くみているかどうか、ということとともに、実は氷の厚さのところで本人の安全意識とコスト経済意識がどの程度のものか、その反映を面接の過程で見ようとしているものです。
 したがって、あまりずれのない数字で上記のように理論立てて説明できれば合格ですが、氷の比重を抜かしたり、厚みが大きく違ったりしたらアウトです。


正解 正解21 サンプル解答
リンクの縦の長さを60m、横の幅を30mとすると、床面積は1800m2。氷の厚さを5cmとしたら、体積は90,000,000cm3。四隅の円形部分を若干引いて85,000,000cm3。 水ならば85トン。氷の比重を考慮して、リンクにある氷の重さは全部で約80トン。

それでは次の設問を考えてください。

問題 設問22 その上に何も置いてない長方形のテーブルがある。10円玉を何個でも使えるものとして、そのテーブル上の好きなところに2人で順次交互に10円玉を置いて行くゲームを考える。ただ1つの規則として、自分の10円玉が、テーブル上にある他の10円玉に触れてはいけないという条件で、2人が順番に10円玉を置いていき、テーブルが10円玉でいっぱいになるまで続けるものとする。すでにテーブルにある10円玉に触れないで、新たに置くことができなくなった方が負けになるとすると、自分が先手の場合、どんな戦略をとるか。

余裕のある方は、次の設問をどうぞ。

問題 設問23 これまでのビル・ゲイツの面接試験問題で、それぞれの設問にはその出題背景がありましたが、そもそも面接試験でなぜこのようなパズル形式にした問題を出すのか、その本質・意図は何でしょう。


 さて、スケートの題材が出てきたこの機会に2、3付け加えておきます。

1.違う分野のスケート靴を履くと、選手も転んでしまう。

 スピードスケート、フィギャスケート、アイスホッケーで使う靴は、スケート部分の長さ、刃の幅、刃の先端などがそれぞれ違うため、面白いことに選手といえども違った分野の靴ですべろうとすると転んでしまいます。
  これはテレビでの実験ですが、フィギャスケートの女性選手にスピードスケートの靴を履かせて、初めてすべらすとたちまち転んでしまうのです。フィギャスケートの靴はコンパクトにできていて、しかも刃に厚みがあって安定
しているのに対して、スピードスケートではできるだけ氷との摩擦を少なくし、またスピードが上がるようにしてあるため、刃の部分は長くてエッジは細く尖がっています。そのため彼女は立っただけでも左右に体が揺れ始め不安定で、少しすべりだそうとした途端、長い刃先が邪魔をして転んでしまったのです。ちょうど初めてスキー板を着けた人がその長さのため、まったく自由の利かない感覚を得るのと同じというわけです。
  一方、スピードスケートの男性選手にフィギャスケートの靴を初めて履かせると、今度は安定して立つことはできたものの、一旦すべり出そうとするとこれまた靴がコンパクトすぎるのと、写真でもわかるようにその刃先にあるすべり止めのギザギザの刃でつまずいてしまい、たちまち転倒してしまったのです。
 
スピードスケート靴
スピードスケート靴

 しばらく試みたあとでこの両者とも、なんとかすべることができるようにはなったものの、その様子はぎこちなく、まったくの初心者でした。
 また、この番組でアイスホッケーの選手は出ていませんでしたが、初めてフィギャスケートの靴を履けば同様の光景を展開するであろうことは、容易に想像できました。


アイスホッケー靴
アイスホッケー靴

2.フィギャスケートの選手は高速スピン回転をしても目が回らないのはなぜか。

 われわれはゆっくり回転しても、すぐに目が回って倒れてしまいます。ところが高速でフルにスピン回転したあとでもフィギャスケートの選手は平然としています。これはまことに不思議です。これもテレビの披露でよくわかったことですが、フィギャスケートの選手を回転椅子に乗せ、左回りと右回りとかなりの早さで回転させたあと、その反応を見たのです。するとその選手のスピン回転と同じ方向回りの場合は、まったく何もなかったかの如く平然としていたのに対し、逆方向回りのあとでは立っていられなく、すぐに倒れてしまいました。そして「気分がすごく悪い」ともらしていました。
 彼女らがスピン回転のあとでも平然としていられるのは、訓練の賜物だということです。
また、スケートリンクは左回りの設計になっているため、スピンもジャンプも左回転の選手が圧倒的に多いそうです。

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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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