この設問を前にしたとき、何かしらの違和感を感じた皆さんも多かったことと思います。というのも、れっきとしたビル・ゲイツの設問にしては、どことなく数学や物理学の応用の世界とはかけ離れた、あるいは創意工夫・創造的発想、機転を利かすといったところのなさそうな問題にみえるからです。
これはスケートリンクのサイズに関する知識さえあれば、計算だけで解けそうないたって簡単に思える問題で、ソフト開発などに関連したマイクロソフト本来の業務遂行に必要と思われる能力と、これを解くこととの間にいったいどんな関係があるのか、その上、題材がスピードスケートやフィギャスケートではなく、なぜあまり一般に馴染みの深いとは思われないアイスホッケーを取り上げているのか、といった疑問が次々と湧いてきます。
またこの設問の解答に必要なのは体積を出すための「縦」「横」「高さ」という3つの要素だけということもはっきりしています。ですからこれらの数値を当てはめれば体積を算出でき、結果、その重量も出ますから、設問18のところで取り上げたピアノ調律師の題材のように、問題をいくつかの要素に分解して、順次その中身を推定しながら最終結論にもっていくというフェルミ問題でもなさそうです。
さらにリンクの大きさをある程度まで答えられるとすると、それはスケート連盟の専門スタッフかあるいはその選手くらいのはずで、それが正確にということになれば、そのまたごく一部の人に限られてしまいます。
その他諸々も含めていろいろ思案していきますと、設問14のように、これはどうやら普段馴染みの薄いものに対する「感覚とのずれ」を見ようとしているのではないか、というところに行き着きそうです。しかしキーポイントはあるのです。
ここまで考えた方もそうでない方も、いずれにしろ皆さんは専門スタッフでもなければ選手でもないという方が大部分のはずですから、それはそれで自分なりにリンクの大きさを予測されたことと思います。その際、頭の中には冬季オリンピックなどにおけるアイスホッケーの試合光景が浮かんだのではないでしょうか。しかしそれでもアイスホッケーの様子など日本ではスポット的にニュースで流される程度で、会場の大きさをイメージできるまでの長時間放映は皆無ですから、なかなか予測するのも困難です。
中にはまったく別角度から、オリンピックの水泳競技がおこなわれるプールの大きさと比べて予測した人がいるかもしれませんが、ここでフィギャスケートを連想した人がその解答に一歩近づくことになります。というのもアイスホッケーもフィギャスケートも、リンクの大きさは同じだからです。フィギャスケートは、
先のトリノオリンピックで大活躍した荒川静香選手や、全てのジュニア国際大会で優勝し若干16歳で全日本選手権までも制した浅田真央選手らがいるため、その華々しく活躍する様子が電波に乗って茶の間へとふんだんに届けられました。それゆえ誰でも身近に感じることができたはずで、そのリンクの大きさもだいたいのところを予測できるというわけです。
さて、皆さんそれぞれが予測した数字と、次の国際スケート連盟が規定している数字と比べていかがでしょうか。まず広さですが、国際スケート連盟がアイスホッケーリンクの標準として正式に規定している縦の長さは200フィート(=60.96m≒61m)、横の幅は98.5フィート(=30.0228m≒30m)、四隅の半径は28フィート(=8.5344m≒8.5m)です。これが標準ですが、縦の長さが56m〜61m、横の幅が26m〜30mの範囲にあるリンクならば公式戦が行える、となっています。
次に「高さ」、つまり氷の厚さですが、これには規定を設けていません。勝敗に関係するのは当然競技場の広さであり、氷の厚さ自身は直接影響を与えるものではないからです。
さて、そこでポイントです。たとえ注意深く四隅の半径まで考慮に入れたとしても、この氷の厚みの予測数字によっては体積が大きく違ってくるということです。もちろん氷の厚みが薄ければすぐに割れてしまうことから、それが厚ければ厚いほど安全になるはずだと考えてしまいがちです。しかし実はその逆で、1mもの厚い氷になるとすごくひびが入りやすく割れやすくなるのだそうです。気泡も何も入らない分厚く純粋な氷の結晶を作るのは極めて難しく、いきおい不純物が入りやすくなって、さらに分厚くなればなるほど自重の圧力がドンドン増していきますから、それにも大きく影響されてひび割れが生じやすくなるというわけです。
さらにリンクいっぱいに大変な量の氷を作りあげなければならないため、その経済効率を充分に考慮しなければならないのです。ですから各会場ごとに、その立地条件や施工方法、そして冷却設備の内容にしたがって、安全性とコスト経済性の両面からベストとなる氷の厚さを何回もシミュレーションし、それから最終的に値を決めているということです。その結果、氷の厚さはどこの公式会場も4cm〜7cm内に収めているそうです。競技用リンクにおける1mもの厚さの氷などは、安全性とコスト経済性の両面から問題外ということなのです。
ではまず縦の長さ61m、横の幅30mとして、リンクの面積を出してみますと、6100cm
x 3000cm = 18,300,000cm2となります。そして半径8.5m四隅外側にあるおおよその面積を求めるには、縦横17mの正方形の面積から半径8.5mの円の面積を引けば出ますから、(1700cm
x 1700cm)−(3.14 x 850cm x 850cm) = 2890000cm2 −
2268650 cm2 =
621,350 cm2。したがって正味リンクの面積は18,300,000cm2−621,350
cm2 = 17,678,650cm2。これに氷の厚さを平均の5cmとした場合、体積は
17,678,650cm2 x 5cm = 88,393,250cm3になります。
水1 cm3の重さは1gですから、これが水の体積であれば約88トンです。しかし水は氷になると体積が9%増えていますから、実際に水の量で換算しますと88÷1.09
≒ 80トン、つまりリンクの氷の重さは80トンと出ます。ちなみに氷の厚さが7cmならば、約110トン、4cmなら約65トン。
公式戦で許される最小リンクとして、縦の長さ56m、横の幅26m及び 最薄の氷の厚さ4cmでやってみますと、四隅外側を除いた面積は
(5600cm x 2600cm)−621350 cm2 = 13938650cm2。氷の厚さ4cmを掛けて55,754,600cm3になります。上記同様、氷の比重を考慮して56÷1.09
≒ 50トン。
リンクの大きさなど、皆さんの感覚はいかがでしたか。この設問の背景には、実際とは大きく感覚がずれてきてしまわないよう、日常、物事を注意深くみているかどうか、ということとともに、実は氷の厚さのところで本人の安全意識とコスト経済意識がどの程度のものか、その反映を面接の過程で見ようとしているものです。
したがって、あまりずれのない数字で上記のように理論立てて説明できれば合格ですが、氷の比重を抜かしたり、厚みが大きく違ったりしたらアウトです。 |