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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その25:ソフトウエア開発に重要な論理学・選言問題
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 ビル・ゲイツのバスルームを設計するという設問を受けて、その回答に戸惑うと同時に、ふと「実際にビル・ゲイツの家はどんなふうなっているのだろう」との思いを巡らした皆さんもおそらく多かったのではないでしょうか。

 筆者の海外の友人、知人をフルに動員し、集めた最新情報が前号で見ていただいた電子工学技術が駆使された現在のビル・ゲイツ家の様子でした。彼の住まいは閑静な湖畔のほとりに位置していますが、掲載した写真のようにその邸宅はというと、大きな敷地の中に、ひときは映える木材をベースにした東洋風の建物です。

 フォーブス誌が毎年発表する世界の億万長者のランキングで、1997年以来ずっとトップを維持しつづけているのは、言わずと知れたビル・ゲイツですが、同じIT界で本年、2007年の11位にランキングされているのは、オラクルのラリー・エリソンです。

 彼も東洋風、それもずばり日本調に凝っている一人で、1990年代、毎年桜を見るためにお忍びで京都を訪れていたエリソンは、すっかり日本文化のとりこになって、わざわざ日本から大工や庭師まで呼んで、桂離宮を模した写真のような邸宅や庭園を作らせています。また大の相撲ファンでもありますが、相撲といえばやはりIT界の2人の学生を思い出します。

 インターネットの黎明期、情報がどんどん増え、大量かつ多様になってきて、何がどこにあるのかを把握するのが困難きわまりなくなってきたため、なんとかうまく仕分けられないかと、この問題に挑戦、遂にその検索プログラムを完成させたのが、ジェリー・ヤン(Jerry Yang)と、デビット・ファイロ(David Filo)という2人のスタンフォード大学生でした。今ではその名を誰もが知っているヤフーという会社を設立した学生起業家たちです。
 この2人は在学中、交換留学生として6ヶ月間、日本に滞在したとき、大の相撲ファンになったのです。1993〜1994年当時、彼らは大学の研究室でその検索用ソフトの開発に自分達のコンピュータを2台使っていましたが、この2台にそれぞれジェリーはAkebono(曙)、デビットはKonishiki(小錦)という名前まで付けていたのです。ジェリーは台湾生まれで、のちアメリカに帰化。この交換留学生中の日本で愛が芽生え、日本女性と結婚。それが今の夫人です。
 

 IT界ではありませんが、やはり日本文化に凝っているスポーツビジネス界の大御所がいます。それはシューズで有名なあのナイキの創立者、フィリップ・ナイト(Philip Knight)会長で、その会長の別室は畳を敷き、靴を脱いであがる純和風の設計になっていて、本人以外立ち入り厳禁だそうです。また、社員の間ではあのナイキマークの刺青を入れるのが流行で、ナイト氏も左足に彫り込んでいるという凝り様です。
 オレゴン大学時代は中距離選手だったナイト青年は、スタンフォード大学に移ってそこで経営学修士号(MBA)を取ったのですが、そのMBAレポートに「高品質の靴を米国で設計し、低コストのアジアで作ればビジネスとして成功する」と書いた1963年、卒業記念の貧乏旅行でハワイなどを経て日本に立ち寄りました。

 そこで当時、注目を浴び始めていたオニツカ、今のアシックスの靴を見て決意。「ふらりと変な格好でやってきて、うちの靴を売りたいと言う。面白いやつだと思った」とは、アシックス創業者の鬼塚喜八郎氏の言葉ですが、気に入られたナイト青年は鬼塚氏の許可を得て、アメリカでアシックスの代理店を開くことになりました。それが今日のナイキの原点です。ですから今をときめくナイキは、もとはといえばアシックスの弟子のような存在だったのです。
 こんな出発点があって、ナイト青年の日本熱が高まっていった背景もわかります。

 さて著名人たちの、東洋、特に日本調好みのことで少々スペースを取ってしまいましたが、ではいよいよ今回の設問に移ります。


問題 設問25

ここにカードがある。「その一方にアルファベットの母音が書いてあれば裏には偶数の数字が書いてある」という規則を確かめるために、めくらなければならないカードはどれか、特定せよ。




 この設問は正真正銘、たねも仕掛けもない見たそのままの問題で、論理パズルとしては、ほとんどパズルとも言えないくらいの、これ以上ないほどの単純な問題なのですが、それにしてはあまりにも低い正解率だそうです。一般の人はもちろん、マイクロソフトの応募者といえども面接という特殊な雰囲気の中で時間内に解かねばならないとなると、その正解率は20%程度になったそうで、これだと5人のうち少なくとも4人が間違たということになります。

 まず、全部をめくらなければならないと思う人がいるかもしれません。表裏の両方ともにアルファベットが書いてある、あるいは両方ともに数字が書いてあるかもしれないから、とのファーストインスピレーション的な発想からです。
 しかしこのような発想だとすると、カードが4枚ではなくとも10枚でも20枚でもどんな場合でも、見えている文字が何であろうと全部めくらなければならないことになり、はたして飛行機代までカバーしてはるばる来てもらった応募者に、面接者側も含めて貴重な時間までつぶして出題するほどの意味のある問題か、との考えが今度は逆に出てこないといけないのです。

 これまでの設問からもわかるとおり、ビル・ゲイツは深く考えを巡らすことを望んでおり、そのような無味乾燥で無意味な問題は出していません。
 しかし、もしも両面ともに同じ種類の文字だとしても、めくらなくてもよいカードはありますが、ここで設問をよく見ていただき、その中の母音というワードと偶数というワードに惑わされることなく、それらを取り除いてみれば「一方にアルファベット・・・裏には数字・・」となります。これははじめからカードの両面は文字種が違うことを前提にしていることを意味しています。

 では実際はどうなのか。ほとんどの回答者はEのカードと答えるか、あるいはEと6のカードと答えるというものです。Eは確かに母音です。だからその裏に奇数が書いてあれば規則は成り立たないので、Eのカードはめくって確かめねばなりません。
 そこで次の6はどうか。6は偶数だから、その裏が子音だとすると、「母音が書いてあれば、裏には偶数の数字が書いてある」という規則に明らかに反しますので、このカードもめくって確かめねばならない、という回答です。しかしこれは、「設問の内容を完璧に理解していない」ことに起因する間違いです。

 注意深く設問を見れば、AならばBというのが設問の主旨です。BならばAとは言っていないということです。これはのちに説明しますが、ソフトウエア開発者には論理学上の重要な問題を提起しているのです。
 まず、このようにAとかBという無機質な記号、あるいは言葉で表現されているときには、めったに間違うことはないのですが、感情に富み柔軟に作られている人間の頭は、生きた言葉で表現されているときには、つい余計に気をまわしてしまうものです。
 つまり「一方に母音が書いてあれば、裏には偶数の数字が書いてある」を「一方に偶数の数字が書いてあれば、裏には母音が書いてある」とも受け取ってしまうのです。
 設問はそこまで言及していません。一方に偶数が書いてあっても、その裏は母音だと限定してはいないのです。だから子音でもいいわけで、したがって6のカードをめくって確かめる必要はなく、正解はEのカードだけをめくるというものです。

 でも、はたしてそれでいいのか。おそらく多くの皆さんは、真っ先に子音のPのカードは除外したはずです。なぜなら、設問の出だしが「一方に母音が書いてあれば・・・」で始まり、子音についての規制がどこにも触れられていないからです。だからPについては何だってありで、裏は偶数でも奇数でもそれはまったく規則には反しません。だからPはめくらなくてよいとするものです。まさしくその通りです。
 では、9はどうか。これが問題なのです。その裏が子音だったら問題はないですが、もし母音であったなら、「一方が母音なら、裏は偶数」という規則にあきらかに反します。これは、めくって確かめねばなりません。結局、めくらなければならないのは、Eと9のカードということになるのです。

 さて、この問題を解くに当たって、それぞれに考えられる全ケースを、表1のように整理していけば正解への簡単な道が開けることがわかります。

 正解を聞けば非常に単純なことだとわかるのですが、では、正解率が低いのはなぜなのか。この問題には心理学者が指摘する何らかの人間の陥りやすい状況が隠されているようです。以下、その「なぜ」の分析です。
 
 人間は確実なこと、ここで言えば、カードのあくまで見えているものをベースにして推論しがちな性癖を持っているようなのです。隠れているもの、わからないものについて推論をおろそかにしてしまう、つまり不確実なことに思いを巡らせるのが苦手な面を人間は持っているとの指摘です。

 設問が言及しているのは母音と偶数だけで、それが見えているカードのEと6です。Eのカードは見たまま、設問の出だしの母音そのもので「もし」も「しかし」も「だから」もありませんが、一方、見えているがゆえに6という偶数カードもめくらなければならないという結論にも飛びつきやすいということです。

 さて、前述しましたように、この設問には心理学上だけでなく、論理学上からも重要な事柄を含んでいます。9の裏にも文字があることはわかっていますが、それは隠れていて「子音」か「母音」かいずれかです。このような状況を論理学ではDisfunction、選言と呼んでおり、つまり2つ以上の相反する可能性のうち、「あれか、これか」どれか1つだけでも真であるような状況を選言といいます。
 たとえば、箱に赤玉か、白玉か、その両方かが入っている。でもいずれかはわからない。Aさんが橋を渡るのは一番初めかもしれないし、二番目かもしれないし、最後かもしれない。どの順番かはわからない。赤玉は1個かもしれない、2個かもしれない、3個かもしれない、100個かもしれない。でも、そのうちどれかはわからない。アリが時計回りか反時計回りに動いている、でもどちら向きかはわからない。これらは皆、選言の類です。
 選言の世界の問題は、すべての可能性を列挙して、それぞれの可能性から推論を始める必要があるということです。

 考えれば理解できるようになる視覚的な錯覚とは違って、この設問のように実際に目に見えていないものは、しばしば眼中になくなり、頭に正しく考えさせようとしても、何か根深いものが抵抗するらしく、人間の頭が選言を容易には正しく受け付けない状況をCognitive Illusion、「認知的錯覚」と言うくらいに、これは簡単には直らない人間の性癖なのだそうです。だから、簡単には解けそうにないと思わせるような問題は、特に選言の事例に多いようです。

 人間が未確定の前提から推論することを苦手とするのは、やはり、時間や手間が無駄になるのを恐れるからだと考えられます。未確定のこと1つを見ても、それで別のことが未確定であることがわかり、それがさらに・・・となると、次第にいやになってくるのです。実生活ではそうかもしれませんが、しかし答えが必ず見つかるように作られているのが論理パズルです。
 可能性の分岐はどこまでも続くわけではなく、あらゆる道が解につながように、ほとんどすべてのパズルはそういうふうにできています。
 設問18で見ましたが、世界中にピアノの調律師が何人いるかと聞かれれば、当然、必要な情報がすべて欠落していると感じます。しかし、「A はわからないが、BとCさえわかれば計算できるし、Dがわかっていれば、Bは計算できる・・・」と考えることによって、推理していくことができました。

 このようなたいていの人が苦手とする選言推理は、それこそ逆にコンピューターが得意とするところで、ツリー検索(Tree Searching)と経路検索(Route Finding)などのソフトウエアは、効率的な選言アルゴリズムのかたまりで出来ています。グーグルやヤフーなど、検索スピードの速さを思い浮かべていただければわかると思いますが、優れたソフトウエアというものは、そういうアルゴリズムを大いに利用して出来ています。
 だからソフトウエアの開発者は、この種の推論になじんでいなければならない、というのが、この種の設問がたくさん出される背景というわけです。


正解 正解25

めくらなければならないカードは、Eと9のカード。

   

では、次の設問を考えてみてください。

問題 設問26

アリが3匹いて、それぞれ三角形の頂点、3つの角にいます。それぞれのアリが別の角に向かって、辺の上を同じ速さで移動し始めます。どちらの角に向かうかはアリの気の向くままでわかりませんが、途中で向きを変えることはしません。どのアリも衝突しない確率はいくらか。


余裕のある方は、次の設問もどうぞ。

問題 設問27

犬が4匹いて、それぞれ正方形の頂点、4つの角にいます。それぞれの犬は時計回りに隣の犬を同じ速さで追いかけます。必ず時計回りの隣の犬にまっすぐ向かうように、走る向きを調整しながら走っています。それぞれが隣の犬に追いつくのにかかる時間はどれだけか。また、そうなる位置はどこか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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