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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その41 ビル・ゲイツの言う「よ〜く、考えよ」
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 ジェット機の重量測定という前回の設問は、その考え方の基本として中国の小学校の教科書にも載っている「象の体重を量る」という故事が有名で、また日本でも生徒の興味を引き出せるよう、経済産業省「理科実験教室プロジェクト」の授業指導案の中には、北海道の旭山動物園での話が盛り込まれていますが、その背景・主旨は「物事を孤立的にとらえないで、柔軟で創造的な発想をうながす」というものです。

 それでは今号の設問の解説に入ります。


問題 設問41 あなたは完全な円の形をした湖のちょうど中心にあるボートに乗っています。
湖の岸には鬼がいて、あなたを捕まえようと狙っています。しかし、幸いなことに、鬼は泳げなく、ボートも持っていません。岸まで行きついたとき、そこに鬼が待っていて、あなたをつかまえなければ、陸では必ず鬼をふりきって、逃げることができます。
では、問題です。鬼はボートの最高速度の4倍の速さで走ることができ、また視力も完璧で、決して眠らず、とことん論理的です。あなたを捕えるために、できることはすべてします。どうすれば、この鬼から逃れられるか。

 

 設問では、鬼は泳げない、ボートも持っていない、あるいは陸では必ず鬼をふりきって、逃げることができる、などとありますので、知恵をしぼりトンチを利かしていろいろな考えが思い浮かんだ方も多いと思います。

 例えば、陸では必ず逃げることができるということは、あなたのほうが陸では早く走れるということですから、岸に限りなく近づき、鬼の手がボートに届く寸前に岸辺に飛び降りて、あとは一目散に逃げるという方法。
 あるいは、鬼は泳げないということから、岸の近くに行って潜り、鬼の目をかいくぐって意表を突いた場所の岸辺から浮上して一目散という方法。
 あるいは、速度の出ないボートなどを頼りにしないで、自分の力で脱出する方法。つまり、鬼のいる岸と正反対方向に飛び込んで、あとは競泳選手のようにスマートに泳いで逃げるという方法、などなど。

 しかしこれらの回答は、面接官を一時的になごませ、張り詰めた面接試験というその場の雰囲気を変える利点はあっても、これらすべてにその裏で条件付きが伴いますから、面接官からすぐに反論されるでしょう。 
 岸辺にうまく飛び降りられなかったらどうするか、潜ったとしても岸辺の浅瀬では視力が完璧な鬼にはすぐに見つかってしまう、競泳選手のように泳げない人はどうするのか、またたとえ競泳選手ばりだとしても、大きな湖だったら最後まで疲れないで泳ぎきれるのか、などなど。

 これまでたくさん見てきた設問に対するどの正解でもおわかりのように、トンチ問答のような解答はなく、ビル・ゲイツは常に論理的で確実な解答、あくまで条件付きなどの伴わない普遍的な解答を望んでいるということです。

 そこで、すべての設問において重要になることは、その理詰めで論理的に解いていくときのとっかかり、糸口をどう見つけるかです。前から述べているとおり、この連載の解説で常に意図していることは、世の中の一般に見られるような「正解はこうです」と、すぐに解答のみを示すのではなく、正解に至るまでの必然的な思考過程というものを丁寧に説いていくところにあります。したがって、最初の突破口、糸口、手がかりを見つけ出すその過程を一つの重要なポイントとして常に重きを置いているということです。

 では、本設問の場合はどうでしょうか。
 この設問の場合、鬼はボートの最高速度の4倍という速さで走る、というところ、つまり、少しでも早くこの4という数字の意味に気づいた方がその突破口・糸口に立てるということです。なぜか。それは次のように考えて行くことでわかってきます。

図1
図1

 まず、逃げるという行動がポイントですから、必然的にボートと鬼の競争という点がキーになります。そこで、湖の中心のボートに乗っているあなたが、とにかく鬼から逃れようと行動を起こすとすると、鬼のいる岸とは正反対の岸に向って最短距離で真っ直ぐにボートを進めようと考えると思います。
 そこで、ボートと鬼の速さは決まっていますから、ボートが到着する岸の地点まで、鬼はどれだけ走って進まなければならないか、その距離が問題になりますが、それは図1の位置関係からわかるとおり、湖の半周です。
 その半径をrとし、円周率をπで表すと、その距離は円周2πrの半分で、πrです。もちろんボートの進む距離は半径のrです。

図2
図2
鬼が×地点にいるとき、岸からπr/4以内の範囲からならば、中心を挟んで鬼と正反対の方向へ進んで逃げられる。

 ここまでくると、4倍という数字の意味がわかってくると思います。距離÷速度=時間ですから、ボートの速度をvとするならば、鬼の速さは4vで、それぞれのかかる時間はr/vとπr/4v。
 もしも鬼の速さをボートの4倍ではなく、π倍としたならば、その時間はπr/πv=r/vで、ボートの時間と同じになります。ということは、鬼がボートよりπ、つまり3.1416・・・倍以上の速さで走れば、鬼のほうがボートの着地点に早く到達して、あなたをつかまえることができるということです。だから設定のような4倍という速さになっているわけです。

 そうしますと中心地点からどの方向に逃げても、鬼が到着する前には永久に岸に辿り着けないことになります。そこで必然的に出てくるのは「では、少なくともボートの出発点がどこだったら逃れられるか」というストレートな発想です。
 図2のように、その出発地点を岸からの距離aとし、鬼のいる方向と正反対に進むことを考えれば、両者の到達地点までの時間として、a/v < πr/4vでなければなりません。つまりa<πr/4ですから、岸から半径のπ/4の距離より岸に近いところから出発すればいいことがわかります。  

 ビル・ゲイツの言う理詰めで考えられる限りの論理思考において、これ以外に逃れられる道はなさそうです。
 ここですぐ考えられるのは「湖の中心という条件ではなく、少なくともある程度岸に近づいたところから出発すれば、当然、逃れられるに決まっている。そんなことは、計算しなくてもわかっていることで、考えるまでもない」との反論です。そのとおりです。

 しかしどう考えても、理論的にこのような道しか残されていないときどうするか。新しい発想も含めてどのようにねばり強くその壁を乗り越えようとしていこうとするか、つまりこの設問にも、難問・難題に遭遇したとき、まず挑戦意欲の旺盛な持ち主かどうか、そして次にどのような考え方・発想の仕方をしながらねばり強く難題を打ち破っていこうとするか、これら受験者の資質と問題解決能力を見ようという背景があるということです。
 したがってこの設問では、この道しかないのであれば、それにどう対処するかが課題になるということです。

 では、鬼から逃れられるこの地点まで湖の中心からどうやっていくのか。鬼は常にボートとの距離が最短になるよう岸辺沿いに追いかけてきます。
 だから、この逃れられる地点にボートが到達したとして、そのとき鬼が中心点を挟んで正反対の岸にいるということなどあり得ないのではないか・・・、と考えてしまいがちですが、そこでまたビル・ゲイツが常に言っている「よ〜く考えよ」なのです。

 そこでまず、鬼とボートとの最短距離ということについて考えてみますと、その位置関係は、鬼とボートと湖の中心点を結ぶ線上の同じ側に両者がいるときです。
 そして鬼はボートより4倍も速く走れますから、常にこの線上を保つことができる、と考えてしまいがちですが、よ〜く考えれば、「いや、待てよ、ボートが湖の中心の周りでごく小さな円を描くように動いたとしたら・・・」ということに思い至るのではないかと思います。

 ボートの描く円が、湖の円よりもはるかに小さければ、ボートが少し動くだけで、鬼は大きく移動しなければなりません。ボートが短時間に1周できるのに対し、鬼はそれよりもずっと長い時間をかけて岸辺を一周しなければならず、そこに必ず鬼の遅れが生じてくるはずです。たとえ鬼がボートの4倍も速く走れて最短の位置関係を保とうとしても、小回りしているボートにはついていくことができなくなっていきます。
 もうここまでくれば、鬼の遅れによって、求める位置関係を作り出せることがわかると思います。

 では、ボートの円がどれくらいの大きさまでだったら、鬼が平行してついていけるのか、そのボーダーラインはといえば、どちらも1周する時間が同じになるところですから、ボートの円の半径をbとすると、ボートと鬼の1周する時間はそれぞれ2πb/v、2πr/4v。
 この両者が同じになるのは、bがr/4、つまり湖の半径の1/4のところです。つまり、ボートが湖の半径の1/4以内で円を描く限り鬼はどんどん遅れて、唯一残された位置関係を作り出せるということです。そのときのボートから岸までの距離はr−r/4=3r/4です。(図3)

 一方、先ほど求めた鬼から逃れられる地点は、岸から半径のπ/4のところ、πr/4と出ています。したがって逃れられる岸からの距離:πr/4 > 唯一残された岸からの位置関係:3r/4 ということですから、この3r/4 の位置はすでに逃れられる範囲としてカバーされていることがわかります。(図4)
 ということは、ボートが湖の中心から小さな円を描きながら半径の1/4の近くまで岸に向って進み、そこでぐるぐるまわりながら鬼の遅れによって鬼の位置が、ちょうどボートと中心点の延長線上にきたら、一目散、岸に向って一直線に進めば、鬼が来る前に上陸して逃れられるということです。(図5)

図3 図4 図5
図3
図4
図5
中心からr/4以内で、ぐるぐる回れば、鬼の位置が×となる時点を作り出すことができる。 鬼の遅れを作り出せる範囲である緑色地点は、すでに岸へ真っ直ぐに直線で逃げられる青色の範囲に入っている。 ボートは緑色の円付近を回りながら、鬼がボートと中心を結ぶ対岸の正反対のところまで遅れたときに、図のように岸へ一直線に進めば、岸に着いたとき、鬼はまだ来ていない。

 鬼が途中で方向転換したとしても、ボートを方向転換すればいいだけで、ボートの描く円が小さければ小さいほど鬼は振り回され、またその円が大きくなっても、中心から半径の1/4の脱出近くの地点であれば、すでに鬼は遠く正反対の岸付近にいますから、もはやあがいても間に合わないということです。

 ビル・ゲイツの当設問はそこまで求めていませんが、時間に余裕のある方は、ボートが脱出するまでの最短時間なり、最短距離を考えてみてください。

 では、解答です。


正解 正解41 ボートが湖の中心から小さな円を描きながら半径の1/4の近くまで岸に向って進み、そこでぐるぐるまわりながら鬼の位置が、ちょうどボートと中心点の延長線上の対岸にきたら、そこから一直線に岸に向って進む。

それでは、次のビル・ゲイツの問題をやってみてください。


問題 設問42 ニューオルリンズ地区を流れるミシシッピー川の1時間当たりの流水量はどれだけか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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