この問題はどのように読み返しても、問題を解き始める際の糸口、突破口、手がかりといったものとは無縁のようです。
本題は単純計算をすれば、結局、てんとう虫が1日24時間で上に登るのは10センチで、その場合、3メートル進むにはどれだけ時間がかかるか、といった何のへんてつもないしごくやさしい問題になってしまい、これだと小学校上級生でも解けるような内容です。
したがって、盛んに出てくる6時という時間に問題があるのか、あるいはわざわざエイプリルフールの4月1日を基点にしているところに何かあるのかなどと、あれこれ考えを巡らしてしまった方たちも、中にはおられたかもしれません。
そこで前号のこの設問に前置きしてある、「では、ストップウオッチを持った面接官の前で、あなたはこの問題をどれくらいの時間で解答できるか」に目を留めた方たちの中には、だからこれは計算のスピードを問う問題だとして受け止め、3メートルを1日10センチだと30日かかるから、到達は4月30日、いやそうじゃない、スタートは朝の6時だから5月に入ってしまう、などといった点に特に気をくばりながら取り組まれた方たちもおられたかもしれません。
たしかにこの問題を内容的に見れば、「植木算」という小学6年生ころの教科書に出てくる計算法の一種になります。しかし小学算数といえども、そこには数学の世界だけではなく、日常における観察注意力あるいは思慮深さが伴っていないと、つい間違えてしまうという内容が含まれているということです。
そこでこの設問の解説に入る前に、まずはちょっとした力試しとして、「植木算」がらみの次の演習問題を3題、それこそ何秒で解けるかやってみてください。
演習問題1 |
100本の木が6メートル間隔で植えられている並木道がある。木は道の両側にあるとき、並木道の長さは何メートルか。
|
演習問題2 |
長さ10メートルの木を1メートル25センチずつに切り分けようと思います。1回切るのに5分30秒かかり、1回切るごとに2分の休憩をとるとすれば、
何分で切り終えることができますか。 |
演習問題3 |
停泊中のフェリー船の側面に、その最下段がちょうど海面に浸かっている10段縄ばしごが吊るされています。各段の間隔は25センチです。潮の干満の差が1メートル20センチである今、ちょうど干潮時です。これから満潮になるまで1時間ごとに潮は20センチ上昇していきます。では海面に浸かっている最下段から上に3つ目の段に潮が届くにはどれだけの時間がかかるでしょう。 |
ここでは演習問題を3つだけ、ばらばらに独立した形で出していますが、もしも読解力を含めた主として計算スピード力を見ようとする単純計算問題100題が載っている問題集の中に、これら3つの問題が紛れ込んだ形で出題されているとしたら、おそらくうっかり間違えてしまう人が出てくることが考えられます。
つまりこれら演習問題はあわてて解こうとすると、間違いやすい問題だということで、中でもうしろの演習問題に行くほど間違う程度が高くなるようです。
ではこれらの正解と、またどこで間違いやすいかの解説です。
演習1の解答 |
道路の片側にある木の数は50本で、その50本の木の間にある「木の間隔」の数は49個。したがって道の長さは49x6=294メートル。間違いやすいところとは、木の数と木の間隔の数が違うという点。 |
演習2の解答 |
切られてできる木の本数は10÷1.25=8。したがって、その切り目は7つ。7回切るのに、7x5.5=38.5分。一方休憩はといえば、7回目を切り終わった段階では、もう休憩をとらなくてもよいので6回。したがって休憩時間は
6×2=12分。全部で必要な時間は38.5+12=50.5分、つまり、50分30秒。間違いやすいところは、切る回数と休憩回数。 |
演習3の解答 |
計算の必要ありません。潮の満ち引きとともに、船もそっくりそのまま一緒に上下に移動し、海面と船との拮抗線は変わらないからです。船が海面に浮かんでいる以上、原理上、潮は永遠に3つ目の段に届きません。間違いやすいところとは、スピード計算に没頭すればするほど、船が海に浮かんでいるという現実を、つい忘れてしまうことです。 |
このように単純そうに見える問題には、それなりに注意してとりかからねばならないということですが、それではこれら演習問題と同じ植木算と思われる本題の設問はどこで間違いやすいというのでしょうか。
それは1日目の最初の出だしで、てんとう虫が1日かけて登る距離は差し引き10センチであるという、そのことが基本ベースとして固定してしまいやすいこと、またスタート時間が朝の6時となっているため、そこから10センチ登るのは翌日にまたがってしまうことから、所要日数と日付とが混乱してしまいがちになること、そしてさらにスタート日の4月1日に特別な意味があるのかといった疑問が、混乱に追い討ちをかけるということです。
それでは当設問の解説です。
まず、何度も見てきましたように、てんとう虫が1日で登る距離は10センチです。ところが1日のうちで最大30センチは登るという点、それがキーポイントになります。
すなわち、棒のてっぺんに到達する最終日における当日のスタート地点は、3メートルから30センチを引いたところ、すなわち最終日の出発点は高さ270センチのところに着いていればいいわけです。
この高さ270センチまで登るのに要する日数といえば、270÷10=27日です。棒の一番下でスタートするのは4月1日の朝の6時、それからまるまる27日間ということは、4月28日の朝6時です。そこから設問に記述の如く12時間の間に30センチ登りますから、この日、てんとう虫は棒のてっぺんに到達するということです。
したがって4月28日が求める正解で、もっと丁寧に言えば、日付は4月28日で当日の夕方6時までの間に到達する、になります。
もしも、てんとう虫の登るスピードが一定だとすると、棒のてっぺんへの到達時刻は4月28日の夕方6時ということになりますが、それでは生き物への配慮が欠けていることになります。当然、てんとう虫は途中で休んだりスピードを上げたりするはずです。そのへんのことは面接官も充分承知しているはずで、結局、てんとう虫は28日の夕方6時までの間に、てっぺんに到達するということです。
このように最初の1日目だけに関心がいってしまうと、つい落とし穴に陥ってしまいますが、到達日という後ろから逆算するという冷静な発想の転換ができれば、それを避けることができます。
もちろん最初からこの冷静な発想で正解を出された皆さんも多くおられたかと思いますが、その中の或る方は、最初の12時間でまずは30センチ登ってしまうという設問の記述を出だしのヒントにして、正解へと進んだ人もおられたかもしれません。
しかしその場合、この記述の代りに「このてんとう虫は1日の中で登り降りを何回か繰り返します。その1日の行動を合計すると、結局30センチ登って20センチ降りるという結果になります。このてんとう虫が高さ3メートルの棒の一番下からてっぺんに到達するには何日かかるでしょう」というように、その主要部分を書き換えたならば、存外、間違ってしまう人も出たかもしれません。
植木算は複雑な論理思考をうながしたり試したりするといった内容ではありませんが、前述しましたようにその背景として、常日頃の注意力や洞察力、あるいは冷静な観察力や思慮深く物事を見ているかどうかなど、それら一般の物の見方に関する能力が試されているということです。
それでは、正解です。
|