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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その63  物事の終わった状態から逆に考えてみる
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 見ただけではとても複雑そうで難解とも思われる前号の田んぼの面積問題は、以外にも小学校で学んだことを実行するだけで解ける設問でした。
 そこでは最終図をイメージして或るポイントに疑問を持つこと、つまり単に多くの頂点が消えたとして見るのではなく、頂点はどこへ行ったのかという疑問を持つことによって他の見方、移動という見方が生れ、それが必然的な形で正解へと導いてくれました。

 さて、今号のポイントはどんなところを見ようとしているのでしょうか。では解説に入ります。

問題 設問63 ここにリンゴとミカンと、それぞれきっちり同じ分量の粉末があります。同じ分量とは、それぞれ同じ大きさの粉塵で重さも体積も量も同じという意味です。これらの粉末をまったく同じ量の純水が入っている2つのコップにそれぞれ投入し、粉末が水全体に均等に溶けるまでよくかき混ぜます。ここで便宜上、それぞれのコップをリンゴコップ、ミカンコップと呼ぶことにします。そして均等に溶けているリンゴコップからきっちりスプーン1杯分の量の液をすくって、それをミカンコップに注ぎます。そしてそこでまた均等に混ざるよう充分にかき混ぜたあと、今度は逆にミカンコップからきっちり同じスプーン1杯分の量の液をすくって、リンゴコップに戻し、2つのコップの溶液量を最初と同じにします。そこでリンゴコップの中のミカン粉末の量と、ミカンコップの中のリンゴ粉末の量とでは、どちらが多いでしょう。
リンゴコップとミカンコップ

 この設問が面接試験の場で出される問題という認識に立てば、紙の上で計算するなどしてその結果を出す方法よりは、やはり口頭でしかも早く回答をしたほうが歓迎されるはずです。もちろんそれが直感、あるいはひらめきからのものであれば、道筋の通った内容である限り、なおさら好評価の対象となるでしょう。
 時間のかからない回答が望ましいということは、いずれの設問においても同様なのですが、さて、この設問に挑んだ皆さんはどうでしたでしょうか。

 まず直感なり、とっさに考えられることと言えば、次のような感覚的に受ける2つの見方だと思われます。
 ここで図1のように、リンゴ粉末とミカン粉末が純水の左右2つのコップに溶けている最初の溶液を、それぞれ100%の濃度のリンゴジュース、ミカンジュースと呼ぶことにします。
図1 溶液移動
 最初の溶液移動では、スプーン1杯分だけのリンゴジュースです。そしてそれをミカンジュースに混ぜたあと、ミカンジュースにより薄められたリンゴジュースが、返しの1杯分のスプーンで戻ります。

 感覚的な1つの見方としては、まず右のミカンコップに注目しますと、最初の溶液移動で100%という濃いミカンジュースの中に、たった1杯分のリンゴジュースが入ったという印象を持ちます。さらに今、入ったばかりのリンゴ成分の幾分かが、戻しのスプーンによってミカンコップから抜き取られて、結局、ミカンコップには濃いミカンジュースが残るという感覚が残り、そしてまた左のリンゴコップには薄められたリンゴジュースが戻るという感覚から、結局、リンゴコップにあるリンゴジュースよりも、ミカンコップにあるミカンジュースのほうが濃い、言い換えますとミカンコップの中のリンゴ粉末のほうが、リンゴコップの中のミカン粉末よりも少ないという直感です。

 いや、そうじゃない、反対だよ!という感覚的な見方がもう一方にあります。
今度は移動する溶液に注目するケースです。最初にリンゴコップから移動するリンゴジュースは100%の濃度のものです。しかしその返しの移動溶液は100%濃度のミカンジュースではなく、リンゴジュースで幾分か薄まったものです。したがってミカンコップに入った濃いリンゴジュースとリンゴコップに入った薄いミカンジュースとを比べれば、ミカンコップの中のリンゴ粉末のほうが、リンゴコップの中のミカン粉末よりも多いという感覚です。

 この相反する直感的な感覚はどちらが正しいのでしょうか。
面接の場で紙の上の計算などは、できるなら避けて口頭で説明したほうがいいと先にのべましたが、2つの相反する見方が出てきた以上、決着をつけるためにあえて計算してみることにします。ここであえてと述べた理由は、のちほどわかります。
 当設問は、コップ間で均等な密度で分布しているリンゴ粉末とミカン粉末が行き来するという観点のもとで議論できるよう、水に溶かしたジュースという形での出題となっていますが、粉末同士がそのままコップ間を行き来する設問と考えても、本質的には変わらない問題です。

 そこで具体的に、当初用意されているリンゴとミカンの粉末がそれぞれ100gあって、スプーン1杯分の移動は10gと仮定して計算してみることにします。
 まず最初の移動は、リンゴコップから10gのリンゴ粉末がミカンコップに移りますからリンゴコップには90gのリンゴ粉末が残り、ミカンコップには100gのミカン粉末に10gのリンゴ粉末が加わって、合計110gの混合粉末ができます。したがってこのミカンコップの中の混合粉末は、ミカン粉末が100/110とリンゴ粉末が10/110という割合で入っていることになります。

 次にこの混合粉末を均等に混ぜてから、その10gをリンゴコップに戻すわけですから、この10gの中のミカン粉末とリンゴ粉末の量は、それぞれ10x100/110gと10x10/110g含まれていることになります。
 今、この混合粉末10gを戻す前のリンゴコップには、リンゴ粉末だけが90g残っていますので、戻した結果、その中にミカン粉末は新たに加わる形で、10x100/110g(=1000/110g)、またリンゴ粉末はもともとある90gと戻ってきた分を足して、90g+10x10/110g(=90x110/110g+100/110g=10000/110g)となります。

 また、ミカンコップに残されている混合粉末は100gですが、先にみたミカン粉末とリンゴ粉末の割合、100/110と10/110を使えば、その中のミカン粉末量は100x100/110g(=10000/110g)、リンゴ粉末量は100x10/110g(=1000/110g)と出ます。
 その結果、リンゴコップの中のミカン粉末の量1000/110gと、ミカンコップの中のリンゴ粉末の量1000/110gと、まったく同じ量になります。
 先の2つの直感は、いずれも間違いということです。

 この同じ量になるというのは、当然の結果なのです。
 この連載では、設問その22のテーブル上の10円玉置き問題や設問その43のロッカーの問題、また設問その49の村の女王問題や設問その51回の海賊の問題で見たように、問題の中に出てくる数が大きい、あるいは量が多いような場合には、まず少ない数や量の場合でやってみる、あるいは極端なケースでやってみることをしばしばお薦めしてきました。
 当設問もこれに該当し、無限とも考えられる粉末の概念をここで一時リセットして、粉末を1個1個の断片レベルにまで落とし、数あるいは量を極端に減らして考えると、当然の結果であるということが簡単にわかります。

図2 粉末が1個の場合
図3 粉末が2個の場合 図4 粉末が3個の場合

  図2、図3、図4は、それぞれのコップに粉末が1個、2個、3個ずつ入っている場合の移動で起こりうるすべてのケースを見てみたものです。
 そのすべてのケースにおいてわかる最終結果は、どの場合も設問で問われている両者の量は同じになり、さらにその延長として粉末の数を増やしていったとしても同じ結果になるということが容易にわかると思います。

 この連載の設問の題材によっては、中学受験生やそれに関連する読者の方たちもまた多いようなので、題材によってはできるだけ解答までの内容が分かりやすくなるような解説も試みておりますが、これらの図解分析もその一環と考えていただき、面接の場では必要に応じこれらの図を頭の中で想像していただければいいと思います。

 こうしてリンゴコップの中のミカン断片数と、ミカンコップの中のリンゴ断片数が、常に同じになることが容易にわかります。
 さて、冒頭で「直感、あるいはひらめきからのものであれば、道筋の通った内容である限り、なおさら評価の対象となる」と前置きをしましたが、そのあとでご覧いただいたとっさに考えられる感覚的な見方での解答は間違っていました。
 その直感は日常に体験するようなあまりにも感覚的なものだったからです。
 しかし道筋の通った内容に裏づけされた直感なりひらめきは、多くの天才を生み出す貴重な起爆剤であることは歴史が証明している通りです。

 ここで当設問に対して、このひらめきに該当する考え方を次にご披露します。

 当初、リンゴ粉末もミカン粉末も同じ量だけあってそれぞれA、Bコップに入っているとする。そして両者の一部を入れ替えるが、それぞれのコップの中にある両者を足した全体量は変わらない。両者の粉末が他のどこにも行かない以上、Aコップにリンゴ粉末が10%あるとしたら、Bコップには残りの90%があり、またミカン粉末はそれぞれのコップの残り部分として、Aコップには90%、Bコップには10%なければならない。したがって、A、Bに入っているリンゴ粉末とミカン粉末の量は、常に同量となる。
 つまりこの場合のひらめきとは、最終的に入れ替えたあとに残るそれぞれの量に目をやれば、すっきりと簡単に解答できるということです。

 これからもわかりますが、当初2つの粉末が同量あり、それがどこにも他に紛失しない限り、何回入れ替えたとしても、あるいはまた入れ替え部分にたとえ密度のムラがあったとしても、それぞれのコップにあるそれぞれの粉末の量は同じになるということです。
 したがって、設問のように均等に混ぜる必要はないということもわかります。では、なぜこのような設問にしたのか、そこには出題者側の暗に隠された意図が見えるようです。つまり先に述べた直感からくる誤った受験者側の見方や錯覚が起こりやすいケースであることから、均等としたほうが一層、設問として映えると考えたのではないかと思われます。

 しかしまた単に、「それぞれ同じ量のリンゴジュースとミカンジュースが入った2つのコップがあります。それぞれの濃度はまったく同じです。最初にリンゴジュースをスプーン1杯分すくって、ミカンジュース側に混ぜます。次にそのリンゴジュースが混ざったミカンジュースをスプーン1杯分すくってリンゴジュース側に戻し、混合ジュースとなった2つのコップの溶液量をまったく元通りにもどします。このとき、リンゴコップの中のミカンの量と、ミカンコップの中のリンゴの量とでは、どちらが多いか」とするのも、面白いかもしれません。

 当設問の背景は、このように受験者があまりにも直感に惑わされてしまうタイプかどうか、あるいはまた、ひらめき、つまり紙上で計算するまでもなく、「最終的に入れ替えたあとに残るそれぞれの量に目をやれば、すっきりと簡単に解答できる」といった考え方ができる能力の持ち主なのかどうか、といったところを見ようとするものです。

 このような能力の持ち主であれば、解答まで数秒とかかりません。当連載の設問その32で見ていただいたテニストーナメントの問題を思い出してください。それはトランジスターの発明者・ショックレーがシリコンバレーの面接室でストップウオッチを隠し持ちながら出題したもので、論理パズルが面接試験の問題として一般企業にまで大きく広がったその起源となる問題でした。
 この設問63もそれに匹敵するような内容の問題ではないでしょうか。

 それでは解答です。



正解 正解63 両者の粉末の量は同じとなる。当初、リンゴ粉末もミカン粉末も同じ量だけあってそれぞれA、Bコップに入っているとする。移動により両者の一部を入れ替えるが、それぞれのコップの中にある両者を足した全体量は変わらない。両者の粉末が他のどこにも行かない以上、Aコップにリンゴ粉末が10%あるとしたら、Bコップには残りの90%があり、また逆に、ミカン粉末はそれぞれのコップの残り部分として、Aコップには90%、Bコップには10%なければならない。したがって、A、Bに入っているリンゴ粉末とミカン粉末の量は、常に同量となる。さらに何回入れ替えたとしても、あるいはまた入れ替え部分にたとえ密度のムラがあったとしても、同じ密度の量で入れ替えるかぎり、それぞれのカップにあるそれぞれの粉末の量は同じという結果になる。

 それではまたその出題背景を考えながら、次の問題をやってみてください。

問題 設問64 ある自動車メーカーがAとBの2種類の新車を開発しました。そして、自社のテストコースで100kmの耐久走行テストを行うため、A車とB車を同時にスタートさせることになりました。そこではB車を一定の速度で走らせますが、A車には最初の50kmをB車よりも毎時10km速く走らせ、あとの半分の50kmをB車よりも毎時10km遅く走らせることにしました。この結果、A車とB車は100km地点ではどうなるでしょうか。両者は同時に着くのでしょうか、それともどちらが先に着くのでしょうか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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