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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その79

発想の転換、また、1つの解答で安心しない

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 当連載「その70」で、「光よりわずかに速いニュートリノ素粒子があるのではないか、という国際研究グループの発表した話題が、先ごろ紙上をにぎわしていますが、まだ認証されるまでの実証が不足していて市民権を得たわけではなく・・・」と解説しましたが、先日の2012年6月8日、光ケーブルの接続不良という実験設備に不備があったことが発表され、やはりこの世で一番速いのは光速であるとのアインシュタインの説は依然として正しいという結果に落ち着きました。
 もしも光速よりも速いものが存在することになれば、光を追いかけていって、過去を見ることも可能だという、まさにSFの世界が身近になるところでした。

 さて、どこかに落とし穴がひそんでいるのではないかと思わせた前回の紙幣の問題は、注意深さとスピード回答の能力を見ようとした問題でしたが、皆さんは可能な取り出せる最大枚数について素早く気付き、15〜30秒以内で解けましたか。

 では、今号の問題はどうでしょうか。

問題 設問79  あなたの叔父さんは内臓を病んでいて、毎日、錠剤Aと錠剤Bを1粒ずつ飲んでいます。1日でも止めると死に至る重い疾患です。この2種類の錠剤は、それぞれ違った瓶に入っていますが、形も色も大きさも重さもすべて同じなので、外見上まったく区別できません。ある日あなたの目の前で、叔父さんが薬を飲もうとしたとき、事件が起きました。まずAの薬が入っている瓶から1粒を手のひらに取り出し、次にBの瓶から薬を出そうとしたとき、同時に2粒も出てきてしまい、叔父さんの手のひらの上で3粒の薬がごちゃ混ぜになってしまいました。この3錠は、とても見分けることはできません。また非常に高価な薬なので、無駄にはできません。では、この3錠の薬を叔父さんが無駄にせず、1日分の薬を飲めるようにするには、あなたならどうしますか?

錠剤A、錠剤B

 設問の内容をみてみますと、まさに日常起こりそうな問題です。この解決方法がずばりわかれば、すぐにでも応用が利き、おおいに役に立つはずです。
 まず、この連載愛読者の皆さんの中には、ずばりわからなくても、解決への手がかりや糸口、あるいは突破口のヒントを与えてくれそうな問題として、過去の当連載上にこれと似たような設問がなかったかどうか、思い浮かべたり、あるいは調べてみたりした方たちもおられたかもしれません。

 その連載の中には、外見上まったく見分けや区別のつかない玉とか硬貨を他のものから見分けるといった2つの設問がありました。
 1つは設問17の玉の問題で、5種類の玉の中で1種類だけ重さが違う玉を一度だけの重量測定で見分けるものでした。またもう1つは、設問33の硬貨の問題で、天秤で8枚の硬貨の中で1枚だけ軽いものを選出するというものでした。
 しかし、いずれもこれらは重量から見分ける問題でしたので、本問のような重量もまったく同じ中で見分けるという問題とは本質的に違い、どうも参考になりません。

 一方、手がかり、糸口、突破口という切り口でまとめて解説してある当連載のその73を覗かれた方がおられたかもしれません。
 しかし本設問は、易しすぎに思える問題、あるいはすぐに解けそうな問題でもなければ、直感や感覚的な見方がまず先にくる問題やスピード回答力を見る問題でもなさそうで、ましてや複雑に見える問題、数量が多い問題、読んだだけで気後れしてしまう問題、思考が発散してしまいそうな問題、長々とした文章の問題などにも属さないため、これらも参考になりません。

 ということは、これは新しいタイプの設問として、改めて地頭力を発揮してもらわなければならない問題のようです。
 では改めて、この設問の解答を導き出せる条件は何かとじっくり考えてみますと、これら3錠のどれでもいいが、そのうちの1錠が特定できればいいことがわかると思います。
 つまり、特定された1錠がAだとすると、残りの2錠はBだとわかりますし、特定錠がBだとすると、残りはAとBだとわかりますから、いずれの特定であれ、その場で1日分のA、Bを1錠ずつを選ぶことができます。

 ではどうやってその特定をするのか。
 外見はまったく同じ2つ個体を見分ける方法といえば、通常、比重からの測定が考えられます。しかし本問の場合は、大きさ、つまりその体積もまた重さも同じなので、この方法は使えません。
 それなら、錠剤に磁気や超音波、あるいはX線などを当てたりして、内部の構成物質を特定する分析はどうか。たしかにこれらいずれかの分析から、最終的には特定が可能性かもしれません。が、出題側は単に分析をするという、そんな何の変哲もなく思考も要しない、しかも非日常的な解答を求める問題をわざわざ面接試験に出すとは考えられません

 そこで日常的な比重がダメなら、もはや他になす術がないではないか、もうお手上げしかないとして、ここでサジを投げたらお仕舞いです。
 しかし、ビル・ゲイツやグーグルのトップは、発想や論理的思考に優れているだけでなく、粘り強い実行力や行動力を持った人材も強く求めていることを思い出していただき、ここで簡単に諦めてはダメなのです。

 そこでもう少し突っ込んで考えてみます。実は、この日常的という観点に焦点を当てれば、比重の法則の発見がまさにそれに当ります。
アルキメデス
 今から2200年も前に、純金に銀を混入して不正を働く町の金細工師が多かった中で、ギリシャの王様が純金の王冠を作らせました。そしてその王冠を壊すことなく不正のない真の純金でできているかどうかを、調べるように命じられたアルキメデスは、日夜苦悩の末、ついに比重の法則、つまりアルキメデスの原理を発見しました。この瞬間こそが、まさにその日常的な入浴中だったわけです。結果、彼は見事に不正を見抜きました。
 このアルキメデスを長く苦しめたことがハッと気づかせてくれるもの、実はそれが今回の設問のヒントになるということです。

 そのヒントとは何か。彼を苦悩させたのは、王冠を壊すことができなかったということです。そうです。発想の転換、今回この設問の錠剤の場合は壊すことができるのです。
 でもここまできて、まだわからないかもしれません。この3錠を壊したところで、その中からそれぞれAとB錠のそれぞれ1錠分だけをどうやって取り出すのかと。

 たしかにそれは至難の技です。それを困難にさせているものは、この3錠だけではAとBのバランスが取れていないということに起因するものです。
 そこでバランスが取れていれば、それを半分にすることができると気づくはずです。
 そこでバランスが取れるようにするにはどうするか。それはA錠を瓶からもう1錠取り出してやれば解決できます。そうすれば手のひらにはA、Bとも2錠ずつで同じ量だけあることになり、次はそれらを二等分してやることを考えればいいわけです。

ステップ1、ステップ2

 では、二等分する方法はどうするのか。アルキメデスは風呂でその原理を発見しましたが、この錠剤の場合は透明なグラスがあれば充分です。グラスに水を注ぎ、その中にこの4錠を入れて充分均等に混ぜ合わさるまで溶かし、それを半分ずつにすればいいわけです。
 中には溶けない錠剤だったらどうするのか、といった疑問を持たれる方もいるかもしれませんが、身体の中で溶けるものが、水に溶けないなどということはあり得ません。すぐに溶けそうになかったら、少しつぶしてからよくかき混ぜ合わせれば充分でしょう。

ステップ3、ステップ4

 次に、グラスの溶液をどうやって均等に二分するのかという問題が残ります。それには同じグラスが2個あれば充分です。4錠が溶けている溶液の入ったグラスから、もう1つの空のグラスにその溶液を注ぎ、両方のグラスの溶液が同じ高さになるよう互いに調整してやれば、それで半分ずつになります。いたって日常的な解決法です。

 ところがここで、めでたし、めでたしと、手を打ったら合格はおぼつかないのです。なぜだかわかりますか。それはこの他にも方法があるからです。
 さて、ここですぐに次に進まないで、しばし考える時間を持ってください。その考える力を、やはりグーグルやマイクロソフトがいたく欲しがっているからです。

錠剤A、Bを半分に切断

 どうでしょうか。わかりましたか?やはり次の方法も、まずは手のひらで4錠にしてから壊すことにあります。
 ではどうやって壊すのか。その4錠をカミソリのような鋭利な刃物でそれぞれ半分に切断するのです。そして半分にした4錠の左半分と右半分をそれぞれ集めて2つの錠剤集団にすれば、この2つ集団にはどちらもA、Bがそれぞれ1錠分ずつの量が入っていることになり、そのそれぞれが1日分になるということです。

 ここでまた疑問を持つ方がいるかもしれません。たとえ鋭利なカミソリで切断しても、正確無比に半分などにはできない、というものです。
 たしかにその通りです。しかし、出題者側の「日常に出っくわした出来事への即時解決法としてのアイデアそのものがほしい」という意図が推察される面接試験の問題だということを考えれば、正確無比ではなくとも死に至ることはなく、アイデア優先の前ではこのやり方も誤差の範囲になるということです。

 この設問の背景は、3錠だけというところにとらわれず、4錠にすれば二分できるという発想の例からもわかるように、固定した1つの現象だけにとらわれず、日常起きがちな問題に出くわしたとき、発想の転換や柔軟な思考、あるいは論理的な思考ができるかどうか、またねばり強い実行力や行動力の持ち主かどうか、さらには1つの解答が見つかっても、もっと他に解決法あるのではないかと、どこまでも注意深く追い求める探究心の持ち主かどうかなども見ようとするものです。

 形も色も大きさもまったく同じ錠剤ということで、おそらく世界中でこのようなハプニングが起こっていたものと思われます。しかし、なるべくこのようなことが起こらないよう、今では持ち運びが容易なことに加え、一般に多く見られるプッシュ式で確実に1錠ずつ取り出せるアルミ箔に収められた錠剤や、また、より一層確実にするために刻印された錠剤も多くなっています。
 このアルミ箔では、以前1錠ずつ切り取れる切れ込みが入っていましたが、そのアルミ箔まで誤って一緒に飲み込んでしまう誤飲の老人が多かったことから、今では複数錠が連結された形での切れ込みになっています。

さまざまな錠剤

 それでは設問79の解答です。解答には2つの方法があり、2つとも解答した応募者は確実に合格です。


正解 正解79  瓶Aから1錠を取り出して手のひらの3錠に加え、合計4錠にする。
方法1
この4錠を水の入った透明のグラスに入れて、錠剤が均一に溶け込むまでよくかき混ぜる。その溶液をもう1つの空のグラスに注ぎながら、両方のグラスの溶液が同じ高さになるよう互いに調整する。調整が終わった時点でそれぞれのグラスには1日分の薬が入っている。
方法2
硬い板状のもの上にこの4錠を移し、それら4錠をカミソリのような鋭利な刃物でそれぞれ半分ずつに切断する。半分になったそれら左半分だけと右半分だけをそれぞれ集める。集めた錠剤は、それぞれ1日分の薬になっている。

 グラスで解いた問題が出てきたところで、その出題背景を考えながら、次の設問を考えてみてください。


問題 設問80  あなたの叔父さんは薬の溶液の量をきっちりと決めて、毎夕、飲んでいます。叔父さんは透明で完全な円柱形をした固有のグラスを使い、溶液の大瓶からそのグラスに移して、グラスのちょうど半分のところに付いている印のところまでの量を飲んでいます。あなたがある夕方叔父さんを訪ねると、とほうにくれていました。その印が消えてしまっていたのです。溶液はグラスに半分ほど入っているように見えますが、どうやったら正確に確認することができるのか、叔父さんはその量が「半分」「半分より少ない」「半分より多い」を正確に知りたいといっています。その固有のグラスは1個しかありません。道具は一切使えないとしたら、あなたはどうしますか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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