真顔のビル・ゲイツから、目の前でこのような面接試験の問題を出されたら、あなたはとっさにどういう反応を示しますか? そんなのわかるわけがないという思いに近い反応か、あるいは、とんち問答のような解を求めていると思うか、または何か落とし穴があるのではと疑念を抱くか、それともその背景へと思いを馳せるか?
そんなのわかるわけがないと思うのが、まずおおかたの反応ではないでしょうか。この設問を、たとえ「日本に何人くらい」というように、国を特定するとともに、おおよその数を問う問題へと変えたとしても、日本ピアノ調律師協会に所属しているメンバーでもないかぎり、皆目、見当もつかない問題で、ましてやそれが世界の調律師の数ということであれば、そのメンバーでさえお手上げのはずです。さらにアフリカとかくわしい統計などを取っていない国まで含めた全世界のピアノ調律師ということを考えれば、そんな統計数値などあり得ようがないわけです。
しかし、「わかりません」という答えを聞くためなら、何のための設問かまったく意味をなさず、あるいは「えぃやっ、で当てろ」というのなら、理詰めとはまったくかけ離れた偶然だけを期待する愚問ということになり、わざわざビル・ゲイツがこんな設問を用意するはずがありません。
以前見たトムとジムの持つドルの問題では、唯一解答がないものでしたが、そのときは設問内容が間違っているというのが正解でした。しかし、この設問18は設問内容が間違っていると言い切れるような、それと同じレベルで考えられる類のものではありません。
そこで当設問はこれまでのものとはちょっと異質であることに気づいて、その背景に思いを巡らせることになれば、第一関門は通過です。
では、その背景と何か。そんな統計数値があるはずもないのに、数を訊いているということは、とにかく数を出せ!ということです。ならばどうやってということになります。そうです、実はこのどうやってが、設問の背景なのです。つまり数を出すその推定プロセス、思考過程を見ようとしているわけで、数値自身を問題としているわけではないのです。
いうまでもなく、システム開発やプログラミングの過程では、その核となるロジックが最も重要視されます。「考え方」という点から見れば、この特定分野にかぎらず日常業務から経営という面に至るまで、ビジネス界一般においても非常に重要な事柄であることがわかると思います。ビル・ゲイツや出題側は、まさにその考え方を見ようとしているわけです。
では、推定にとりかかります。
まず考えられる方法として第一に、調律の対象となる全体のピアノ設置台数はどれくらいあり、第二に、そのうちどれくらいの台数がどれくらいの頻度で調律を必要とするのかを考え、そして第三として、最終的に一人の調律師が診られる台数を推定してから、結局、都合これくらいの調律師がいることになる、という思考プロセスです。
それではこの方法で、まず日本を考えてみます。そこでのピアノ設置台数ですが、設置場所として学校、ホール、団体施設、スタジオ、その他考えられますが、なんといってもその大半は一般の家庭であるとの見方には誰も反論がないと思います。すると世帯数に関係してきます。
そこでまずどうしても知っていなければならない常識の数字が必要となります。それは日本の人口です。1億2千万人とします。1世帯あたり1人のところもあれば4人以上のとこもあります。平均2.5人として4800万世帯。この中でピアノの設置家庭は何割くらいか、ここでは正確な数値を求められているわけではなく、あくまでもどのようにして解いていくかという思考過程を重視していること、それを念頭において考えれば、常識はずれの数字でないかぎり何割でもいいのです。近所の家庭、友人や親戚の家庭、あるいはあまり余裕のない家庭や僻地のことなどに思い巡らしながら自分の思う数字を使えばいいです。
近所でお子さんがいる家庭は5割くらいだが、そんなにピアノの音は聞こえてこないということで、それを1割くらいとします。4800万世帯の1割にピアノがあるとして480万台。これに学校などその他を加えて、きりのいい500万台として前に進みます。
第二ステップ、そのうちどれくらいの台数がどれくらいの頻度で調律を必要とするかですが、頻繁に使用し、また音に厳しい家庭なら年に2回くらい、それ以外なら2〜3年に1回くらいか。ならば500万台全部を考えて、1台平均2年に1回くらいとすれば250万台が年1回で、隔年調律対象となります。
これを作業時間という観点からどれくらいの調律師が要るのかを出してみます。まず1台当り調律時間1.5時間、通勤時間1.5時間とみて3時間、だから調律師1人1日せいぜい2台が限度で1ヶ月の勤労日20日として40台、1年で480台。したがって1年250万台を調律するには少なくとも250万台÷480台≒5200人が必要となるわけです。
日本の数が出たところで次は世界ですが、ここでもやはり世界の人口、特にピアノの設置が多いだろうと考えられる北米やヨーロッパの人口です。北米3億人、ヨーロッパ4億人として、そこでの設置率を日本とほぼ同じと考えれば、日本との人口比約6倍ですから、5200x6=31200人と出ます。日本との合計は36400人。
あとは世界の残りの地域における設置台数ですが、国の経済状況を端的に表す国内総生産GDPで考えれば、それを日本と同じくらいに見て5200人、したがって全世界の調律師は36400+5200=41600人、きりのいいところで42000人という推定人数が出てきます。
それでは、あなたが日本で面接を受けた場合の模範解答です。
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