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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その71

大胆な発想ができるかどうか(その2)

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アインシュタイン

 アインシュタインの相対性理論というと、その名前を聞いただけでも、ものすごく難解な理論のようで、恐れおののきたくなる印象を受けてしまうかもしれませんが、実験から確かめられた真空中の光の速度は、どんな状況下でも常に一定でこの世で一番速いという事実と、もう1つ、三角形のピタゴラスの定理さえ知っていれば、難解な数式を使わなくとも、その内容「光速に近づくほど、その世界での時間はゆっくりと進み遅れていく」という特殊相対性理論の結果が出てくることを、前号で見ていただきました。

 光速という世界は、われわれの日常の生活とはかけ離れた世界であるため、どうしても別次元の話として受け止め、特にその導き出された「時間が遅れる」などという内容を耳にすれば、とても日常体験からは信じ難いことゆえ、もはや遠い難解な世界の話として片付けてしまわれがちですが、その解法を知ってしまえば自然に導き出されるものとして、恐れることはないということです。

 さて、前問を解いたあとで、どうしても相矛盾するものとして出てきたのが次の設問でした。

問題 設問71  前問においてロケットから見れば、地球が光速の80%で近づいてくることになり、そのロケットの1年間では地球が 1 x 0.8=0.8光年の距離しか接近しない。ロケットと地球間の距離はあくまでも1.3光年隔たっており、これだと爆発までに間に合わないことになって、これは正解と矛盾する。また前問の解説にある電車内の時間の遅れは、光源が電車の中におかれていて、それをあなたが電車の外から見た直角三角形で説明できたが、今度は逆に光源をあなたのいる大地におき、電車の中にいるあなたの友人がその光の軌跡を見れば、まったく同様な形で直角三角形ができ、今度は友人から見るとあなたのいる大地の時間が遅れることになる。これは矛盾する。つまりあなたの友人とあなたの生年月日が同じだとして、あなたの友人が高速のロケットで遠くの星まで行って帰ってくるとすると、高速で運動する友人の時間は遅れるので、帰ってきた友人はあなたより若く、一方、あなたの友人から見ると、高速で運動するのはあなたのほうで、するとあなたのほうの時間が遅れるので、帰ってきた友人よりもあなたのほうが若いという結論が導かれ、矛盾することになる。この2つの矛盾に対し、あなたはどう回答をしますか。

 では最初の矛盾、「ロケットから見れば、地球が光速の80%で近づいてくるのだから、そのロケットの1年間では地球が 1 x 0.8=0.8光年の距離しか接近しない。したがって、とても1.3光年の距離をカバーできなく、爆発はまぬがれない」を考えてみます。
 注意すべきこととしてその状況を「誰から見るか」というそれぞれの立場が重要と、前回強調しましたが、改めてこの矛盾を述べている中身を見れば自ずとその誤りに気づくはずです。

 そうです。ここでは運動しているのは地球だという見方であり、すると地球の時間が遅れることになります。それを考えないで、今度はロケットのほうの時間をそのまま使っているから誤った見方になるわけです。
では視点を変えて、時間ではなく距離に焦点を当て、光速度不変の原理を当てはめるとどうなるか、やはり座標変換などといった難しいことをしないでやってみましょう。

図1
速度v km/秒で動いている1輌の長さがL kmもある電車の最後尾Aの位置に光源があるとします。そして最前部Bの位置に鏡があって、発車と同時に最後尾から出た光速c km/秒の光はa秒でBに到達し、そこの鏡に反射して今度はb秒でAに返ってくるものとすると図1のようになります。
解説1
これを誰でも分かり易く簡単な式を使って説明すると、解説1の図ような結論が導かれるわけです。ここでも「誰から見るか」というそれぞれの立場が重要で、この電車の例では外にいる観測者が動いている電車を見ています。
 したがって、この場合、電車の長さが動いている方向、つまり横軸の方向に縮むことになりますが、電車の中にいる観測者から見れば、今度は動いているのは外のものであり、その場合、外のすべてが横軸の方向に沿って縮むことになるわけです。

 ここで設問の矛盾点に戻れば、ロケットの中にいるあなたの友人から見て動いているのは地球も含めてロケット以外のすべてのもので、それらが動いている方向に数式倍の長さになるわけです。
 したがってロケットから見て光速の80%で動いて見える1.3光年の距離も1.3x数式=1.3x0.6=0.78光年に縮むことになります。この距離はロケットが1年間に進む1x0.8光年よりも短く近い距離になるわけですから、矛盾することなく爆発前にロケットは地球に辿り着けるというわけです。
 光速を云々する世界では、観測者、つまり見る人の立場によって時間が遅れたり、物の長さが縮んだりするということです。しかし、日常生活ではとても体験できないようなことなので、そんなことが実際起こるのか信じ難い、と言う人は大勢いると思います。

 この現象が起こっているミューオンという粒子の実例が身近にあります
 猛スピードで宇宙からやってくる宇宙線が大気圏の分子に衝突すると、そこからこの粒子が光速に近いスピードで飛び出しますが、この粒子の寿命は100万分の2秒ほどで崩壊してしまうことがわかっています。
 したがって、その間の大気圏内の飛行距離は30万kmx100万分の2≒0.6kmでしかないことになります。しかし、数百〜数十kmも上空にある大気圏で生まれたこの粒子はちゃんと地上に到達しているのです。
 これは地上から見れば、粒子の時間が遅れて寿命が延びているということ、また飛んでいる粒子側から見れば、地球までの距離が縮んでいるということで説明がつくわけです。

 では次の設問の内容、あなたとあなたの友人の両方とも若くなる、という矛盾を解いてみます。
 皆さんは宇宙飛行士の映像などで、カプセルの中の無重力状態を見慣れていると思いますが、あの無重力状態は地球の重力圏外にあるからではありません。あくまでも軌道を回る際の遠心力と釣合っているからで、見方を変えれば、カプセルは常にその接線方向から地球の中心に向かって落ちていて、だから自由落下と同じ状態が起こっているというわけです。

 では、光も含めて説明するために、横にとてつもなく長く大きな箱を想定して、その箱の自由落下中、図2のように無重力状態の中で起きる現象を見てみます。
 図の左側にみられるように、人が、中に浮かんでいるボールを真横に押せば、ボールは壁にぶつかるまで真横に真っ直ぐ動き続けます。同様に、一方の壁から反対側の壁に向けて真横に光を放てば、光も真っ直ぐ進んで長い反対側の壁に当たります。
 これは箱の中にいる人から見た現象です。

図2

 さて、ここでも再度重要になることは、その状況を「誰から見るか」ということです。箱は重力のもとで落下していきますから、それを箱の外から見ている人には図の右側のように見えることになります。
 重力によって、時間とともに落下速度が増していく加速度運動により、ボールの軌跡は放物線を描き、また光も発射から壁に当たったところまでを辿れば、曲がった軌跡を描いていることがわかると思います。
 つまり、重力があるところでは光も曲がるということです。

 そこでアインシュタインは疑問に思ったのです。その疑問とは、すべての物質の間には互いに引き合う万有引力が働くというのに、なぜ物質でもない光にも引力が働くのか、さらにこの世で光速より速いものは存在しないというのに、重力はどんなに距離が離れていても瞬時に伝わるとしているのはどういうことか、というものでした。いずれもニュートン力学への疑惑です。
 ここでアインシュタインは大胆な発想をします。つまりそれは、万有引力を否定し、質量のある物質は周りの空間を曲げ、その曲げる度合いは質量の大きな物質ほど大きく、結局、重力とはその空間の曲りが引き起こす力、という発想です。
 ここにアインシュタインの地頭力と突き詰めた論理思考の結果が見られます。

図4
図5
図6
図7

 だから光もこの空間の曲りが引き起こす力によって曲げられる、としたアインシュタインの説は、普通ならば太陽のうしろにあって見えないはずの星が、1919年の皆既日食の際、確かに観測されたことにより実証されたのです。
 また、ニュートン力学の遠心力を持ち出さなくても、地球などの惑星は、太陽が作り出しているこの空間の曲がり、つまりすり鉢状になっているクボミに沿って、さえぎるもののない真空の中を回り続ける、ということで説明がつくのです。
 曲がっている空間などと、目に見えないものを実感するのは難しいことですが、たとえば砂鉄を使うと、磁石の周りには目にみえない磁力線が走っていることがわかります。

 さて、長々と述べてきましたが、矛盾を解く核心です。
 つまり、空間の曲りが引き起こす力、すなわち重力の存在するところでは光も曲がり、またこの重力の大きいところほど光は大きく曲げられる。したがって、解説2の図でみられるとおり、その曲げる力、重力の大きいところほど時間が遅れるということがわかる、というわけです。
 だから、ものすごい質量の固まりのあるブラックホールでは、光も吸い込まれ、そこでは時間も止まるということです。もしもその近くまで行って帰るようなことができるとすれば、帰ってきたとき地球では何万年、何億年も経っていることが想像できます。

解説2

 この重力こそが設問の矛盾を解く鍵です。
 図3を見てください。星までの往復の過程で、加速と減速が繰り返されていますが、このときロケットの中の友人には、重力が加わった場合とまったく同じ現象が起きているということです。前や後ろにのめるような力、つまり見かけの重力が働いているということです。

図3

友人には星までの往復の間に、この見かけの重力の力が働いていることから、友人の時間はゆっくりと進んで、あなたの時間よりも遅れ、結局、地球に帰還したときには、友人のほうが若く、あなたのほうが年をとっているということになるのです。
 これが、重力に関する一般相対性理論です。

 この重力というものを使わないで、特殊相対性理論で解く方法もあります。
 それは友人とあなたで、互いにその映像を見合う場合を想定すればわかります。たとえば光速の80%のロケットで、友人が8光年先にある星までの距離を往復するとすれば、友人の帰還までに、地上のあなたは友人の12年間の映像を、友人はあなたの20年間の映像を見ることになることが、友人の時間の遅れや、そこから届く映像電波(光速と同じ)の伝送時間を考慮することによりわかります。
 ただし折り返しは瞬時に行えるものと仮定していますが、余力のある方はやってみてください。

アインシュタイン(少年時代)

 さて、多くの皆さんに特殊相対性理論や一般相対性理論の主要部分を身近に感じていただき、等価原理とか慣性系とか、あるいはまたローレンツの座標変換といった難しい言葉ややり方に触れることなく、易しく理解していただけるような形で出題したのが、前問と今号の設問でした。

 「私の一生は光の研究に費やされた」と、アインシュタインは言っていますが、そもそも彼が光の世界に入っていったきっかけは、少年時代のたった1つの疑問、「鏡を手に持って光速で飛んだら、はたして自分の顔は鏡に映って見えるだろうか」でした。
 自分の前にかざした鏡も光速で前に飛んでいるので、自分の顔から出た光は鏡には届かないのではないか、というものです。
 そして、もしも光速を追い越してそこから後ろを振り返れば、自分の過去まで見えるのではないか、とその考えをふくらませていたかもしれません。

 こうして少年のときに思った疑問を追い続けた結果、ニュートン力学でも説明のつかなかった多くのことが解明でき、重力の定義や空間の曲がり、またエネルギーと質量は同じもの、といったことなども多々含めて、世紀の大発見理論へと結びついていったわけです。
 日ごろ疑問に思うこと、あるいは不思議に思うことなどを、その解明に向けてねばり強く努力を続けていくこと、そしてその過程で大胆な発想も試みることがいかに大切なことかよくわかる事例として、2回にわたり当連載の設問に取り上げてみた
ものです。

 それでは解答です。


正解 正解71  光速の世界を云々するときには、長さも縮むから。(光速の80%のスピードで進むロケットから見た地球までの距離は、計算すると0.78光年((本文参照))となり、それはロケットの1年の飛行距離1x0.8=0.8光年よりも短い)。また重力が時間を遅らせる((本文参照))ことから、星まで往復する間中、見かけの重力にさらされ続ける友人の時間は、地上にいるあなたよりゆっくり進み遅れる。

 では、光速という超スピードの世界を離れ日常に戻って、次の設問を考えてみてください。


問題 設問72  常に一定の速さで飛べる飛行機があります。この飛行機が、常に一定の速さで吹く偏西風の中で往復する場合と、無風のときに往復する場合を考えます。その偏西風の中では、真後ろからの追い風を受ける場合が半分、真正面からの逆風を受ける場合が半分とします。さて、この飛行機が偏西風の中で往復に要する時間は、無風の中で要する時間と比べて長くなるか、短くなるか、それとも同じでしょうか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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