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あなたはビルゲイツの試験に受かるか?
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その72

直感を惑わす問題をどう見抜くか

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 皆さんの夏休み期間をいただいて、特殊相対性理論や一般相対性理論の主要部分を誰もが易しく理解していただけるような形で出題したのが、その70とその71の前2問でした。
 日常の距離を云々するレベルでは、もちろん光は真空中を真っ直ぐ進むと考えても何の支障もないのですが、もっと大きな宇宙レベルの範囲で考えれば、光は重力によって曲げられるとするアインシュタインの一般相対性理論は、1919年の皆既日食のときに証明されました。

遠くの天体からの光が重力により曲げられる図
ハッブル宇宙望遠鏡

 これをさらに証明したのは、観測精度の高いハッブル宇宙望遠鏡です。
 アメリカ航空宇宙局NASAが、先ごろその望遠鏡で捕らえた写真を公開しましたが、そこに映っていたのは、遠くにある銀河団の陰で見えないはずのさらに向こう側にあるクエーサーや銀河の映像でした。
 このクエーサー (Quasar) とは極めて輝度の高いコンパクトな天体のことで、何十億あるいは百何十億光年という非常に離れた距離においても、その高い輝度ゆえにはっきりと捕らえることのできる天体です。そこにはブラックホールがあると考えられています。

ハッブル望遠鏡がとらえた実際の画像
クエーサー

 このような天体のことや特殊相対性理論、あるいはそれも含めた一般相対性理論のことなどをお話しますと、そんなことはわれわれの日常生活と何の関係もないと思われる方も多いかもしれんません。
 しかし、おそらく読者の皆さん全員がこの相対性理論の恩恵を、常日ごろから受けておられるはずです。それはカーナビあるいは携帯電話で現在地を示す地図情報によるものです。ちょうどいい機会なので、ここで少し補足いたします。

 その地図情報を得るのに人工衛星を使っている、ということはおそらくどなたもご存知だと思います。つまりGPS(Global Positioning System、全地球測位システム)衛星です。そこでカーナビでは、3次元の現在位置座標と受信側の車の時計補正値を求めるために、最低4つのGPS衛星を利用しています。これら4つの未知数を出すための4次元方程式を解くためです。
 衛星に積まれている精巧な原子時計と違って、車のほうの時計にはバラツキがあり、車の時計の補正が必要なのは、この受信側の時刻が正確でなければ、もともこもないことになるからです。

図1

 その現在位置を出すには、まず衛星までの距離の算出が必要です。その距離は、図1のように3つの衛星を中心に円を描き、車までの交点を求めて、それぞれその位置がわかっている3つの衛星から電波が車に届くまでにかかった時間と電波速度(光速と同じ)を掛け合わせれば、3次元の各面における距離が出ます。
 ところが、困ったことにGPS衛星は地球に対して毎秒4kmほどの速さで移動しているため、地上と比べ相対性理論で言うところの時間の遅れが生ずるのです。
 そこで連載その70で解説したような式でその遅れをみてみますと、地上の時計よりも衛星に積んである原子時計のほうが、1日当り7.11マイクロ秒ほど遅れることになるのです。

 1日に百万分の7.11秒などとは、まったくの誤差範囲ではないかと思われるかもしれませんが、光のスピードが関係する世界では、それだけで2kmも違ってくるのです。
 一方また、連載その71で見た重力の影響も無視できないのです。約2万km上空を飛ぶ衛星は、地球から受ける重力の影響が地上より僅かながら小さいため、地上の時間よりも速く進みます。

 その進みは1日当り45.69マイクロ秒ほどで、結局、移動によって生じる7.11マイクロ秒の遅れと、重力によって生じる45.69マイクロ秒の進みと、両者の差引きで1日当り38.58マイクロ秒ほど、衛星の時間は地上の時間より速く進むことになるのです。
 そのため、GPSの原子時計は1日当り38.58マイクロ秒遅れるように補正してあるということです。この補正をしなければ、1日当り約11kmもの差が出てくることがわかります。

 現行のGPSの測位誤差が10m程度なのに対し、昨年の9月に打ち上げられ、今年、2011年の6月に測位信号の提供を始めた日本の衛星「みちびき」の測位誤差は数cmだそうで、このレベルの衛星が4機も揃うならば、まさにピンポイントの指定が実現できるということになります。

アインシュタイン

 いかがでしょうか。相対性理論というと、別世界のことと思われているかもしれませんが、もしもこの相対性理論がなかったら、正確な位置把握などはまったく不可能なことになり、われわれが利用しているカーナビや携帯サービスも存在しないことになります。
 日ごろこんなに身近なところで、この理論に非常に大きな恩恵を受けているわけで、まさにアインシュタインさまさまということになります。
 またそれと同時に、もともと軍のものだったこのGPSシステムやインターネットを、一般に無料で開放したアメリカの度量の大きさも感じずにはいられません。


 さて、前置きが長くなりましたが、それでは次の設問に移ります。

問題 設問72  常に一定の速さで飛べる飛行機があります。この飛行機が、常に一定の速さで吹く偏西風の中で往復する場合と、無風のときに往復する場合を考えます。その偏西風の中では、真後ろからの追い風を受ける場合が半分、真正面からの逆風を受ける場合が半分とします。さて、この飛行機が偏西風の中で往復に要する時間は、無風の中で要する時間と比べて長くなるか、短くなるか、それとも同じでしょうか。

無風での飛行機
偏西風での飛行機

 さて、この問題を解けた人は多いかとも思いますが、でも安心はできません。本当の問題はちょっと別のところにあると言ったら、えっ、と言われるかもしれません。

 これまでに見た時間と距離の問題といえば、設問27の「追いつく犬」や設問28の「列車と鳥」、また設問41の「ボートと鬼」や設問61の「てんとう虫」、さらに設問64の「自動車耐久走行テスト」や設問68の「同じ場所を同じ時刻に通る確率」、そして設問69の「自転車競争」や設問70の「ロケット爆発」などなどで、出題71問中の実に1割以上です。
 それだけ時間と距離の関係は、取り組むに値する問題として、あるいはまた間違いやすくもある問題として、試験の内容には格好の題材になっているようです。

 さて、多くの方が設問の中身を見られた瞬間、「往復で速度が相殺されるのではないか」との直感がひらめいたものと思われます。あくまで一瞬の直感です。しかし、すでにこれまでの連載をこなしてきた方たちならば、「直感はおうおうにして間違うことが多い論理問題」として、注意しながら取り掛かられたはずです。
 中には、非常によく似た設問として直近にみた設問64の「自動車耐久走行テスト」を思い出された方たちも多かったかと思います。

 そこにあった解説を見ますと、“設問をよく読めば、2つの車は「同時に着くか、同時でなければどちらが先か」という、ただそれだけの回答を求めています。ということは、「同時に着くかどうか」をチェックすれば、同時でなかった場合には自ずとどちらが先に着くかもわかるはずで、この「同時に着くかどうか」だけをチェックする一番手っ取り早い方法といえば、具体的な値を当てはめてみればすぐわかるはずです”と、載っています。

 まさにこの設問64が、そっくりそのままお手本となる手がかりとなるようです。やはり、数ある問題をたくさんこなしていれば、そこに福音がもたらされるといういい例です。
 本問も「無風の中で要する時間と比べて長くなるか、短くなるか、それとも同じでしょうか」に答えるだけの設問になっています。
 そこでこの3つの中のどれかという解答をすぐに出せるようだったら、まずは回答することで、その場合は例にならって「具体的な値を当てはめてみればよい」わけです。

 ところが計算が必要とされる設問なら、普通であればどんな問題でもその中に必ず何らかの数値が入っているものなのですが、本問の中には数値らしき数値が何一つ示されていません。
 ということは、計算が必要な以上、最初から自分で勝手な数値を作って当てはめてもいいということになります。

 そこで簡単で計算のしやすい値として、例えば片道の距離を30km、飛行機の一定時速を10km、偏西風の一定時速を5kmにしてやってみます。これは前々問の光速の世界ではないので、通常の考え方で解くことができます。
 すると無風の場合は、片道30/10=3時間で、往復6時間と出ます。次に真後ろからの追い風を受ける場合の片道は30/(10+5)=2時間、真正面から逆風を受ける場合の片道は30/(10−5)=6時間で、風のある場合は合計8時間と出ます。

 結果、6時間対8時間で、「偏西風の中で往復に要する時間は、無風の中で要する時間と比べて長くなる」と、ごく短時間に回答できるわけです。
 この勝手に作った数値を使っても、問題の本質は変わりません。したがって、その勝手な数値次第では回答が逆になることもあり得る、などということを考える必要はありませんが、それでも心配な方は、一般式を使って解けば安心されるでしょうから、それをやってみます。

 片道の距離をdkm、飛行機の一定時速をpkm、偏西風の一定時速をwkmとすると、無風の場合は、片道d/pで、往復2d/p時間。一方、真後ろからの追い風を受ける場合の片道はd/(p+w)時間、逆風を受ける場合の片道はd/(p−w)時間で、合計d/(p+w) + d/(p−w)=2pd/(p²−w²)時間となります。
 つまり無風の場合は2d/p時間。風のある場合は2pd/(p2−w2)時間を要することになります。
 結果、2d/p対2pd/(p²−w²).。比較しやすいように両方p/2dを掛けて1対p²/(p²−w²)。
この分母の(p²−w²)は分子のp²よりも必ず小さくなりますから、この比較は常に1<p²/(p²−w²)となり、風のある場合のほうが大きな時間、つまり時間を要するということです。

 さて、問題はちょっと別のところにあると最初に申し上げましたが、ここまできておわかりになったでしょうか。そうです。どれだけの時間で解けたか、というところがポイントということです。
 本問はあれこれ思考をこらさないと解けない類の問題ではなく、解説でみたように具体的数値を入れてやれば、ほんの数秒から十数秒で正解を答えられることから、その回答スピードに比重を置いている設問だと考えていいと思います。

 そこで勝手に作った数値を使うことに異議をとなえる面接官だったら、問題の本質は変わらないことをコメントすればよく、もしも、それでも不服そうにしていたら、ペンと紙を借りて、そこで最後に解説した一般式を展開して説明すれば、もう完璧です。
 具体的数値を当てはめて解答できるような人ならば、この一般式方法も簡単に展開できるはずです。

 さて、もうおわかりだと思いますが、当設問の背景は、直感を惑わす意図を持った問題であることを素早く見抜き、いかに早く解答できるか、そんな応募者の能力を見ようとしているものです。

 それでは解答です。


正解 正解72  風のあるときの飛行時間は、無風状態のときより必ず長くなる。(回答はこれだけで充分ですが、求められれば解説したような内容を説明すればいい)

 では、その出題背景を考えながら、次の設問を考えてみてください。


問題 設問73  中が見えない箱の中に、まったく同じサイズの色付きカードが入っています。そのうち赤色が23枚と白色が25枚で全部です。また箱の外には白色カードが48枚置いてあります。さて、この箱の中から2枚のカードを無作為に取り出して、その2枚のカードの色が違えば、赤色カードを箱に戻し、同じ色ならばその2枚は戻さず、そのかわりに箱の外にある2枚の白色カードを箱に入れます。そして箱の中のカードが残りの1枚になるまで、この作業を延々と続けるとします。では、最後に残るカードは何色でしょうか。


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 ビル・ゲイツの出題問題に関しては、HOW WOULD YOU MOVE MOUNT FUJI ? (Microsoft’s cult of the puzzle. How the world’s smartest companies select the most creative thinkers. )By William Poundstore の原書や、筆者の海外における友人たちの情報を参考にしています。
 また連絡先不明などにより、直接ご連絡の取れなかった一部メディア媒体からの引用画像につきましては、当欄上をお借りしてお許しをいただきたく、よろしくお願い申し上げます。

執筆者紹介


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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