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その12 19歳の学生時代の感動体験とARM社買収

 高校1年の1学期を終えたところで、先生たちや家族が止めるのも振り切り、自らの固い意志によってアメリカ留学を成し遂げた孫青年は、型破りの飛び級という形で現地の高校を卒業し大学に進みました。そしてその大学時代の或る日、科学雑誌に載った写真を見て、感激の涙を流す出来事が起きるのです。
 孫氏はこれまでのインタビューや社の行事を通して、度々この感動に言及しているのですが、次は或るイベントで語ったつい最近の話です。

 【 今から遡ること40年ほど前、私が19歳の学生のときです。大学の中には、当時大型コンピューターの端末があふれていて、24時間、学生が誰でも無料で使えました。中には寝袋を持ち込み夜中も使うという、当時の日本では考えられないことでした。
 ですから、コンピューターの専攻学科であろうがなかろうが関係なく、宿題を出すのも答えを解くのも当たり前のように、教授も学生もみんな使っていました。このようにコンピューターとの出会いは、当時、どの学生にもごく自然な環境の中で、始まっていたということです。

 ただその中で、私にとってものすごくショッキングだった出来事があります。 ある1枚の写真と出会ったことです。そのときの光景は今でもはっきりと覚えています。
 それは或る日、車から降りて歩道の落ち葉の上を、ちょうどサイエンスマガジンという雑誌を読みながら歩いていたときです。ペラペラめくっていると、その中にあった写真に目が止まりました。

ワンチップマイクロ・コンピューターの拡大写真 何か未来都市の設計図のような初めて見る不思議な写真で、一体なんなんだろうかと。これがそのときの実際の写真です。そこで次のページにあった説明を読むと、それがコンピューターのLSIで、これが集積回路だということをそのとき初めて知ったんです。
 人差し指の先っちょにちょんと乗っかる出来たばかりのインテルのワンチップマイクロ・コンピューターの拡大写真だったのです。
 私はこれを見て、両手両足の指がジーンとしびれ、もう感動のあまり涙が止まらなくなった
んです。車を降りてただ歩いている途中ですから、ほんの一瞬の出来事です。

 よく映画や音楽に感動したときに、両方の手の指がジーンとしびれることがありますが、それはきっと心臓から流れる血液が頭かどこかへ集まり、体の末端まで流れなくなってしまって指がしびれるという現象なのでしょう。ちょうどそれと同じで、ものすごく興奮し、しばらく涙が止まりませんでした。
 それで私はその写真を切りとり、透明なファイルにはさんで、毎日抱いて寝ていました。半年もです。肌身離さず持っていて、授業中も時々そっと引っ張り出し、一人でただニタニタ笑って眺めては、またサッとしまう 】と。

 今だったらLSI、いわゆるトランジスターなどの素子が組み込まれた集積回路の写真を見ても、誰も驚くことはないでしょうが、時は1970年代の中頃に初めて世に出た集積回路の拡大図です。
 当時、この数mm四方のインテルの1チップには、4500個ものトランジスターが埋め込まれていたのですから、誰もが驚異の眼を持って見たはずです。
 しかしだからといって、涙まで流すほどの興奮はしなかったのではないでしょうか。ましてやその写真を切り取って、半年もの間、寝るときも肌身離さずということはないのではないか。そこが他とは違う、当時のコンピューターに対する孫青年の感性が見てとれるのです。

 しかし、当時の青年の感動や感性をただ単に伝えることが目的で、ここに引用したわけではありません。度々申しあげているように、“あ?、そんなことがあったのか”という過去の出来事を羅列していくだけでは何の役にも立たないからです。 
 あくまでもそこから、あるいはその背景にある過程から、皆様方の日常や人生において役立ち参考となるようなものを汲み取っていただければ、との思いからです。
 そこで次に続く青年の言葉を紹介しますが、ここから青年の感動に至った背景がわかってきます。

 【 これまで人類が発明してきたものの中で最高最大の発明だ。ついに人類は初めて自らの頭脳に近づくものを、自らの手で発明し産み出したのではないか。人類はなんてすごいことをしたのか。ことのすごさに、私はショックを受けたのです。とにかく、私にとって、幕末の日本人が最初に黒船を見たときのような衝撃だったのです。

 そして20世紀の残りと、21世紀にはどういうふうに人類社会が発展するんだろうか。これが将来もっともっと進化したときに、人類の未来に与える影響はいかばかりのものであるか、人類はついに、自らの知的生産活動を超える可能性を開いたのではないかとの想いがめぐり、いずれ人類の脳細胞の働きをはるかに越えていくのだろうと、おそろしい衝撃と感銘とその興奮が、一瞬の間に私を涙が止まらないという状況にしてしまったわけです 】と。

 青年は、将来へのインパクトに思いを巡らし、その大きさがいかばかりであるかに言及していますが、実はここに引用した言葉というのは、イギリスのARM社を3.3兆円で買い取った超大型買収を発表した先頃の記者会見のときのものです。

 これまで多くの人はインテルという名は聞いたことがあっても、ARMという名前は、ほとんどの人が知らなかったのではないでしょうか。
 ところが今日、大部分の人はこのARM社設計の製品を間違いなく使っているのです。しかも常時頻繁に! つまり半導体回路のチップという形で。

 パソコンやサーバーに使われているチップはインテル製ですが、スマホやタブレット端末に必ず使われているのがARM社設計のチップなのです。
 だから氏は、その記者会見の締めくくりの言葉として“忘れもしない大学時代に感動したそのチップというものを通して、ついに今日、このアーム社買収によって我々自ら、私自身が自ら、人類の未来の姿に大きく関わっていくことができると。そのような決断ができたということであります”と述べたのです。

 ARM社はスマホの頭脳にあたる中央演算処理装置や通信用半導体回路の設計に特化した最大手で、自らはチップの製造はしていないものの、他のメーカーにその設計図を渡して生産委託している会社で、世界のスマホで言えばその約98 %という、ほとんどと言っていいくらいそこに組み込まれており、この設計技術がなくては、アップルもサムスンもスマホを作ることができないのです。

 こうして大学時代の感動とARM社との結びつきはわかったものの、その中で多くの人が首をかしげたことがあります。
 ソフトバンクといえば、サービスを主体としたビジネスを展開している会社で、ハードのモノ作りの会社、製造業とはまったく関係のない会社です。
 たとえARM社のチップがスマホやタブレット市場で寡占状態のおいしい会社であるといっても、突然、ハードの会社を、しかも3兆円という桁外れの金額で買収したということですから、誰もが首をかしげたわけです。

 これまで日本で1兆円を超える買収は、本年の2018年5月に武田薬品がイギリスの会社を買収した金額6兆8千億円とこのソフトバンクの2社だけで、しかも武田薬品の場合は、あくまでも製薬会社という同じ業種内での買収です。
 したがって孫氏がなぜハードの会社に触手を伸ばしたのか、さらにはビジネスとしてその巨額買収に見合うだけの価値があるのかと、誰しもが思った疑問だったのです。

 実はこの買収劇で、まさしく孫氏のビジネスセンスが見られるということなのです。ビジネスの考え方、ビジネスの視点という観点から、大いに参考にしていただけると思われることから、その内容とともに、誰しもが思ったその疑問が解ける記者会見での言葉を次に紹介いたします。

 【 今回の買収で、従来の事業とはすぐにはリンクしない違和感を持たれる皆さんも多いと思います。
 つまり、ソフトバンクはソフトのアプリケーションメーカーでもなければ、OSメーカーでもなく、クラウドを提供する会社になりたいということなのです。
 そのクラウドにさまざまなデータを提供するのは、世界中にばらまかれたチップで、そのチップがないとデータを集められない。
 だからチップのあるところにデータありで、それらはネットワークを通じてクラウドに集まり、そのネットワークを我々グループが日本やアメリカで持っているということです。

 これまでのIT世界の変化を見ますと、まずはパソコンが出て、次にパソコンがインターネットにつながり、その次はスマホなどのモバイルインターネットとなり、そしてこれからは自動運転車、家庭やオフィス、電柱の一本一本、人工知能が解析する情報を集めるセンサーなど、ありとあらゆるモノがインターネットにつながる時代、つまりInternet of Things、略してIoTの時代が確実にやってくるということなのです。

 すると、パソコン以外のものに入っているチップのほとんどがARM製ですから、その中心になる会社はと言えば、ARMになるのです。ARMのチップの出荷は現在の何十倍、何百倍になると思っています。
 私の推定では、2040年には地球上に約1兆個のチップがばらまかれ、1人あたり1千ものモノが全部通信でつながって、そのデータは全部クラウドに何らかのかたちで収納されるようになると読んでいるのです。
 今、世界中の企業やエンジニアたちが何百万種類というアプリケーションをアップルやグーグルが作ったプラットフォームの上で開発している。

 それと同じで、例えば医学や自動車といった分野ごとに、チップとクラウドを通して、我々のプラットフォームを活用する人々がたくさん登場し、さらにデータを収集する機器を作ったり、個人から許諾を得たりしたあらゆる企業が、そのデータを活用していくようになるはずなのです。
 だから今回の買収が、今すぐ金額で表れるという類のものではありません。しかし5~10年後になって、安い買い物だったと理解してもらえると思います 】と。

 これでハード分野への疑問が解けたと思います。つまりIoTの普及を予見し、インターネットにつながった世界中のあらゆるモノからのデータがARM社の設計になるチップに収納され、そのデータをまたあらゆる人や企業、機関、組織が適宜利用する際の便宜をはかるという、行く末の膨大なビジネスポテンシャルに的を絞った結果であることが、その背景にあったということです。

 さらにこれが製造という観点から世の中の潮流に沿ったものであることもわかるのです。その潮流とは2000年頃から、製造業における工程の利益率に変化が生じて、そのビジネス形態が大きく変ってきたということです。
 図のように、製造における川上から川下への5つの工程、<開発・商品企画、素材・部品、加工・組立、販売・マーケティング、アフターサービス>の中で、従来は真ん中の加工・組立の利益率が高く、両端で低かったものが、2000年頃からそれが逆になってきたということです。

 その利益率つまり付加価値の部分をトレースすると、人の笑った口元の形になることから、これをスマイル曲線と呼んでいますが、1998年~2000年初頭にかけて、アップル社は自社加工組立工場を完全に売り払い、同様にIBMもほとんどの工場を手放して付加価値経営に力を入れ、もっぱら製品の企画開発やコンサルタントサービス工程などに経営資源を集中してきたのも、この潮流に沿ったものだったのです。
 結果、アップルの純利益率は毎年21~22%を、IBMはも同様に15~16%と高いレベルをキープしています。

 シャープを買収した台湾のホンハイ社は、この潮流トレンドの逆を行って加工組立だけに特化し、アップルやヒューレット・パッカード、デル、やモトローラ、ノキアやソニーなど、世界のブランドメーカーから専ら受託し製造をすることで、今や年商15兆円の企業になっていますが、やはり利益率の高い工程はどのメーカーにとっても魅力的であることから、研究・企画・開発分野で優れた人材や技術を持つシャープの買収へとつながったということです。

 今回は、孫青年の大学時代にショックを受けた集積回路の拡大写真から、とうとうこれからのビジネスに結びついた経緯をお伝えしましたが、その大学時代を振り返り、そこで味わった快感体験にも言及していることから、それを次に紹介いたしておきます。

【 僕は小学校時代からあまり勉強が好きではなかった。ただ、最初にやるんだと決めたらトコトンやって、そのあとは逆に、試験の一週間前から必ず毎日9~10時間寝ると決めてしまう。そのため、普段の日の計画を全部タイムスライスして、ビシッと1時間ごとの時間配分まで決め、1ヶ月分、2ヶ月分、先に作っていた。
 同じようにしてアメリカでも勉強したが、無茶苦茶面白かった。人間、本来好奇心を煽られる分野というものは、重要なレジャーの一つになるというか、無性に楽しくさせてくれるもので、これが満たされたときの喜び、それは大変な快感だった。勉強でも何でも中途半端にやるから面白くない。トコトンやっていると無茶苦茶面白く、楽しくてしょうがなくなってくる。これは仕事でも同じなんです 】と。

 どうですか。無理矢理に睡眠時間を削り、試験に備えても成果があがらないこと、また物事に中途半端に取り組んでも楽しみがなく、トコトンやっていると無茶苦茶面白くなってくるという体験談は、みなさんにも参考になるのではないですか。

 集積回路写真に感動したのは19歳のとき。同じく19歳のときに孫青年は、人生50年計画作っていますが、今日まで寸分違わぬ経緯を辿っています。次回はその話から始めます。

(連載・第十二回完 以下次回につづく)


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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