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その14 日本での創業・一世一代の事業選び

 アメリカ留学体験は、孫青年の進路に大きな影響を与え、また人生のバックボーンにもなっていますが、いよいよ青年の帰国で、日本での幕開けに舞台を移します。
  すでに見てきたように、龍馬の生き様に強く感化を受け、“多くの人々に役立つ何かでっかいことを成したい。志高く、多くの人々に、あいつがいてよかったと思われるような何かでっかいことを成したい”と言っていた孫青年 ですから、その実現には日本で事業を興すことでした。
  そこでどのような事業にするのか、その選択次第では、途中挫折も当然あり得ることから、青年は最終結論を出すまでに、実に1年半もかけていました。
  この事業の選択過程も、皆さんの日常、あるいはビジネス上での或る時点、或る状況において参考にしていただけることが多々あると思われることから、ここで詳細に見ていくことにします。
  まずは日本での創業・一世一代の事業選びで、氏の語るその取組へのスタンスから見てまいります。

【 1980年3月、日本に帰りました。私の夢は事業家になること。しかし、そこで新しい事業をゼロから始めるにしても、やみくもにやるのでは長続きしない。メダカの子どもで生まれるか鯛の子どもで生まれるか。それとも鯨の子どもで生まれるか。同じ子どもでも、何の子どもで生まれるかで、成長したときの大きさは大抵決まってしまう。確率論から言えばそうなる。
  もしも、規模が小さく、てっとり早い業種から始めれば、10年先、20年先はかならず頭打ちになる。そのたびに業種を替えていかなければならない。
  やる以上は、自分が本当に納得して、多くの人々に役立ち、一生それを追い求め続けていけるような事業をやりたい。もちろん成長性の見込める事業であること。いくら頑張っても、限界のあるものだったら、そこでおしまいです。末広がりの、どんどん伸びていくような可能性を持ったものなら、時代の流れで自分の実力以上に事業を押し上げてくれます。
  ですから事業の土俵選びの段階で、自分の事業の運命が半分くらいは決まってしまうと思っていました。だから事業を選ぶのに時間をかけたのです。
  そこであらゆる種類の本を読み、市場調査もしながら、毎日毎日、朝から晩まで時間の許すかぎり、ひたすら考え研究しました。結局、最終結論を出すまでに1年半ほどかかってしまいました。その間、収入ゼロで・・・です 】
と。

 毎日毎日、朝から晩まで考え続けた様がよくわかります。一口に1年半といっても、実際、各自自分の身で考えたら想像を絶する長〜い時間であることが実感できるでしょう。しかも社会人として、収入ゼロの状態で。
  当然、途中で家族や周りの人の不安が募ってきます。実は、没頭していたとはいえ、孫青年本人もきつかったと、次のように語っています。

【 1年6カ月間、私は何もしなかった。いや、家族や親戚、友人にはそう映ったのだろう。まさかそんなに長く、何もしないで思案し続けていることなど想像もできなかっただろうから。それは帰国してすぐに正式な結婚式をあげ、また娘も生まれ、2人の扶養家族持ちになってしまったときです。
  周りでは“正義は仕事もしないで毎日ふらふらして、一体何をしているんだ。せっかくアメリカで勉強してきたのに、いったい何を習ってきたのか”などと話していたのです。
  このときは精神的に一番辛い時でした。私自身の頭と胸の中には台風が押し寄せていました。打ち込むものがまったくない状態です。自分の中で燃えるようなエネルギーがあるのに、そのはけ口がみつからないときの精神的なあせりは非常なものでした。

 しかしあくまでも自分の向かっていく方向や、自分の運命は惰性で決めてはならない、と強く決意していました。一回だけの人生。 親のあとを継ぎ、その突然の人脈のもと、お金を儲けるという欲で仕事を始めたくはなかった。 道を一度決めれば変えるのは難しい。右往左往するのも非効率的です。
一生をかけるその事業はとは、自ずと熱意がわいて、好奇心を維持でき、技術革新が絶えず起こる分野でなければならない。「登りたい山を決めろ。すると人生の半分は決まる」と、こういう考えで悩み続けたのです 】と。

 そこには<決してあとで後悔はしない>、<自分の運命を惰性で決めてはならない>という強い決意があったことがわかります。
  氏は創業19年目の2000年1月に出演したTV朝日のニュースステーションや、4月のTV東京の番組の中で、起業家を目指す若者たちに向けて、“たった一回しかない人生ですから、命を代償にしてもいい。決断を何にテーマを求めるか、求めたテーマについては<自分はもう変えないんだ>、<自分自身を本当に一生説得できるか>、そういうテーマが見つかるまで決めてはダメです。そして心底、自分がそう思うテーマが見つかって決意を固めたら、そこで初めて目をつぶって飛び込んだらいい。
  それで失敗したら、それはそれでニコッと笑って死ぬと。それでも幸せなはずなんです。それでも幸せであるというテーマを選ばなければダメだということです”
というメッセージを贈っています。

 かくして1年半後、幾多の事業候補案の中から1つの結論を導き出します。その選出方法は、当連載その6で見ていただいた学生時代、250個の発明案の中から音声翻訳機を選んだときと、まったく同じ方法を取っています。
  発明案のときは、案件とその実現に必要な条件とを縦横のマス目に入れ、各条件ごとに困難度という指数数値を割り当てて項目ごとに合計し、そして最高得点として判明したのが音声翻訳機だったというわけです。このとき、各項目の考案から翻訳機の決定までに1年かけています。
  では、今度の事業選択はどうだったのか。次にそのプロセスを見ていきます。

【 最終的に全部で40ほどの新しい候補事業のリストが出来あがった。そしてそれぞれの候補について人員計画とか製品計画とか、いろんなデータを当てはめ、10年くらいの事業計画と予想損益を検討していきました。
  最後に事業を選択するためのフィルターになる要因、つまり条件を考えました。創業者タイプの多くの人は、だいたい新しいもの好みで、それゆえ「熱しやすく冷めやすい」傾向にあるのですが、私の性格もこれと似ていると分析していましたから、この点を一番注意することにして、
・少なくとも50年間は途中飽きずに情熱を傾けつづけていかれる仕事かどうか
  これを1番目の大きな分別要因
にしました。そして次に、
  ・時代の流れに合っているか
  ・世界のNo.1になることを理想に、まずその分野で日本一になれる事業か
  ・少ない資本金でスタートできるか
  ・世の中にまだ存在しない新しい事業か
  ・それが世の中に役に立って、社会に貢献できるものか
  ・将来の企業グループ作りを前提に、その核となり得る事業であるか
  ・世の中を変えられることか
  ・構造的に伸びていく業界か

などなど、25ほどの要因条件をズラッと作り上げました。
  そして各要因ごとに重みづけをして、それを基に出した40候補それぞれの合計点数を見ながら、これぞという事業を絞り込んでいったのです。
  結果、最終的に行き着いたところが、デジタル情報革命時代を見据えたソフト流通という分野でした 】と。

 ここに至る背景として、青年の留学先が大きく影響を与えていると思われます。学校では当時大型コンピューターの端末があふれていて、24時間、学生が誰でも無料で使え、またそこはIT技術のメッカ、シリコンバレーの近くに位置しており、日進月歩で進化するコンピューターに関する様子や情報が手に取るように入ってくるところでした。
  当連載その12でも見たように、いち早くインテルのLSI集積回路の写真も目に入り、また孫青年が帰国した1980年にはパソコンのはしりとなったアップル社のAppleⅡが10万台も売れた年でした。
  そこで氏は次のように言っています。

もちろん小さな目標から一つずつ成し遂げていくのもいい。世の中の99%の人がそうする。そして小さな成功を収める。しかし本当に大きな夢、遠大な抱負があるなら、接近方式から違わなければならない。
  まず大きなビジョンを立てた後、その実現のための時刻表を未来から現在に向けて逆に回す。今日ではなく明日のトレンドを把握し、大企業に劣らない度胸で勝負し、それにふさわしい透明性と経営システムを追求していくということです。
留学中はアメリカの状況をよく見ていましたので、これから伸びるのは間違いなくコンピューター産業で、中でも大型コンピューターではなく、パソコン。さらにその中でもハードではなく、ソフトだと思っていました。
  パソコンを自由自在に活用するには優秀なソフトウェアが欠かせません。だからゆくゆくはソフトウェアの世の中になると思っていました。
  そこで直接ソフトウェアの開発に飛び込むこともできるものの、勝率があまりにも低かった。基本ソフト(OS)分野は世界標準を主導する米国企業が先行獲得してしまっています。
  残りは応用ソフトウェア分野ですが、新曲がすべてヒットするわけではないのと同じで、トップ10に入るものだけがヒットする構造でした。
そこで個別商品の代わりに、利益は少ないかもしれないが、生命力は確実に長い流通というインフラを選択することにしたのです。そして圧倒的な地位を獲得した場合、業界の成長に正比例して事業を拡張できます。

  こうして出した結論は、今から見れば中心の中心の中心を狙ったことになります。このようにして一旦決めてしまった後はサバサバとしたもので、いくらお金がかかろうが、苦しいことが待ち受けていようが、もう精神的な迷いはありませんでした。
  もし、たまたま親の仕事を引き継いだというような決め方をしていたら、苦しい時にきっと迷ったと思います。そういう迷いだけは、決してしたくなかったのです 】と。
  こうして決まったソフトの流通業でした。ソフトウエアの銀行業という思いから、社名を日本ソフトバンクにして、あとは精神的な迷いもなく、サバサバとした気持ちで、前進あるのみの出帆となります。

  さて、日進月歩といえば、AI・人工知能、IoT、ビッグデータなどの情報が、テレビや新聞、雑誌で報道されない日はありません。それらホットな話題につき、当連載の中に閑話休題欄を設けて、随時、織り交ぜてお伝えしていく旨、当連載の「はじめに」の章でお話をしましたが、ここで先ごろの話題として、IoTカードの新情報を見ることにします。

 ー 閑話休題 ー
  それはアメリカのIT企業・Dynamics社と協業したソフトバンクが、1枚で何役もこなす世界初のIoTカードを開発したというニュースです。
  このカードは1枚を、クレジットカード、プリペイドカード、キャッシュカードなど、何枚ものカードに切り替えて使えるネットにつながる通信機能を持ったカードです。
  タッチ式のボタンが付いており、そこを押すたびに、順次、カードの切り替えが進み、その内容も中に設けてある窓に表示されて出てくるようになっています。
  物理的に従来のクレジットカード1枚と、大きさも厚みもまったく同じで、これまでの何枚ものカードを持ち歩く不便さも解消されるということです。
  実際に市場に出るのは2019年。その利点は以下の通りです。

 Wallet Card の利点

  • かさばらない。 厚さはクレジットカードやキャッシュカードと同じ
  • 1枚で何役も。 クレジットカード、プリペイドカード、キャッシュカード、デビットカード・・・
  • 買い物金額、残高・・・などの情報が表示される。
  • QRコードで決済できる。
  • 盗難防止。 データが漏えいした場合、銀行が口座番号をすぐに変更、クレジットカードに反映できる。
  • 自分以外の不正使用がすぐわかる。 
  • カードで何かを購入すると、ディスプレイにメッセージが表示され、身に覚えがない場合、「私ではない」 を選んで報告できる
  • 利用者がカード情報をダウンロード。
    銀行が何もデータが入っていないカードを発行し、利用者が自分で情報をダウンロードして使用する

 さて、意気軒昂にしてソフト流通事業をスタートしたものの、氏の “今思えば、今日までの道のりの中で、一番苦労したのが最初の1~2年、毎日が胃の痛む思いでした”の言葉のとおり、どこでも創業時はすんなりとはいかないのが普通です。
  当時の苦労や打った手など、次に見ていくことにします。

(連載・第十四回完 以下次回につづく)

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執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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