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その21 病床で読んだ書物が大きなインパクトを与える

 何か大きな不都合が起こった場合、そのときは不幸な出来事だと思っても、実はそれがあとから大きなプラスを生む必要なステップ・過程だったという事実を、前号では孫青年の話に加えて稲盛氏やスティーブ・ジョブズの例も見ていただきました。
 病に倒れたことで、孫青年は本当の幸せとは何か、人生というものを深く考える時間が持てたことから、物理的な幸せよりも、利他の行動で大勢の人が喜びで笑顔になる、そのときの自分が感じる幸せのほうが一番だということに気づいたと言っていました。

 もしも孫青年の病があとで癒えて回復できるようなことになったら、以降のビジネスの繁栄に繋がる最も貴重なハートを、ここのとき手に入れたことになります。

 医者から「あと5年、命をもたせられるかどうか」との宣告を受ければ、誰でも絶望の淵に落ち込んでしまうのが普通ですから、それを聞いた直後のしばらくはベッドで涙した孫青年も例外ではありませんでした。
 しかし病がどれほどのものであっても、深く嘆き悲しんだからといって病状が快方に向かうということは皆無です。その悲しみをいつまでもひきずることなく、頭の切り替えも早かったのが孫青年でした。

 先の例で挙げた彼らに不都合な出来事が起こることなく、順調に事が運んでいたら、明らかに違う道に進んでいたことになり、今日のソフトバンクも、京セラもKDDIも、さらにアップルのスマホやノートパッドも日の目を見ることがなかったということです。

 孫青年の早い頭の切り替えで、「この機会は”少し体を休め、たくさんの本をじっくり読んで考えてみよ”と、神様が与えてくださった貴重な時間、試練の場だと思うようになった」と、その息抜きに娯楽ではなく読書に向かったところが、孫青年たるゆえんであると思います。しかも入退院を繰り返した2年弱という期間に4000冊もの書物の読破です。

 この読書の時間を持てたことで、その内容から得たものが、結果、またまた大きなプラスをもたらすのです。そこで触れた歴史書と中国の古典などが、他とは比較にならないほど次元の違う価値を青年にもたらしました。
 “たった1回きりの人生、たとえ短い時間でも痛快に生きよう”と、限られた命といえども、その中で力強く生き抜くパワーをもらったのは、前号でもお伝えした龍馬の生き様からでした。
 そしてのちに病が癒えた後で”人生を歩んでいく上で、大きな選択や決断を迫られたときには、いつも龍馬が心の中にいて、彼だったらどうしたか”と、その都度「龍馬がゆく」を読み返すことにより、人間の器が大きくなっていった“と、孫青年は語っています。

 またこれら歴史書や古典から得たものが、病が癒えた後の、青年のビジネスや人生の上で痛快ともいえる快進撃を導く指針、行動の司令塔的役割を果す重要な原点ともなっているのです。振り返れば、まさにここが大きなターニング・ポイントでした

 病床で青年に大きな感動を与えた人物は2人。1人は斬新な改革精神の持ち主であった織田信長と、もう1人はやはりこの坂本龍馬でした。

 皆さんにも興味のあるところだと思いますので、このとき2人に対する孫青年の見方を見てみますと、次のようなものでした。

私の惹かれた2人の人物

【 歴史上の人物で、とても惹かれるものを感じたのは2人です。どちらの人物も、その時代のスケールを飛び越えた発想で生き抜いたと感ずるからです。
 その中で、「すごいな」と思うのと、「好きだ」というのと、2通りあるのですが、すごいなと思うのは織田信長で、好きな人物は坂本龍馬です。

 「すごい」というのは、自分がなかなかそうなれそうにないという意味で、また一方「好きだ」と感ずるのは、どこかちょっと欠点があるものの、すごく人間的に愛すべきというか、身近に感じる存在です。
 私独自の見方かもしれませんが、日本の経営者の中で、前者が松下幸之助さん、後者が本田宗一郎さん、と言えばわかり易いかもしれません。

 その信長から一番学んだのが、戦略眼とビジョンです。彼の素晴らしいところは国家ビジョン、つまり槍や鉄砲の使い方が一番だったというような、戦術的な次元で飛び抜けて優れていたということではなく、人生50年と心得て、天下統一までの戦略プランを、若いうちにうち立てたということです。

 武田信玄が甲斐の国のまわりに対して常に戦を仕掛け、自分の陣地をいかに守るかに始終していたのに対し、信長は、領地・尾張の国から一直線に京の都に引いた線だけを攻めた。
 京の都を中心点と見て、そこに重点を置く国家全体を見据えたビジョンです。自分の後ろとか、横っちょのほうはできるだけ同盟を結ぶ。武田信玄などには貢物をせっせと贈って戦わない。戦わないで済むというだけで、勝ったと同じだけの効果を上げるやり方です。

 また信長にとって、鉄砲はあくまで天下を取るための道具でしかなく、いかにそれを大量に入手し、うまく使うかということに興味は持ちましたが、集めること自体をゴールにしたわけではない。あくまでゴールは天下を取ることに終始した。

 つまり信長のように、スケールとして日本の国家を押えるビジョンを描くのか、いや、信玄のように甲斐の自分の陣地を確実に守っていけばいいんだということで、自分のライフ・プランを設計するか、この2人には、そこに決定的な違いがあったと思います。

 だから信長には、重要な指揮官としての能力、戦略次元のリーダーとしての能力があって、国家レベルのビジョンを描き、戦略面で抜きん出た力を発揮できたからこそ、天下取りという大きな成果があげられたんだと思うのです
】と。

 孫青年が病床で、信長の壮大なスケールやビジョン、そしてその詳細を読みふけっていたのは、ちょうど少数軍勢の信長が、大群を率いる42歳の今川義元を、桶狭間の戦略で破ったときの年齢と同じ27歳。そこに孫青年が、より一層身近に多くのものを感じたであろうことが伺われます。そしてさらに、こんな分析もしていました。

経済と政治に革命を起こした信長

【 信長は日本で初めて鉄砲を本格的に使い、短期間のうちに戦いの仕方を一変させた。しかし、もっとすごいと思ったのは、それによって、経済においても政治においても革命を起こしたということです。
 間接的に、槍や刀、あるいは鎧とかを押えることが、従来型の戦いでしたが、信長は堺の茶屋衆の港を押え、小農の生産物を全部押えた。
 つまり、鉄砲を中心としたパラダイムにおける必要な戦略資源、いまで言えば経営資源が貨幣だということを見破っていたからです。だから楽市楽座を盛んにし、貨幣の交換レートも統一した。

 また従来は、取ってきた敵の首を見せれば、100万石の成功報酬などとなったが、鉄砲だと、誰の弾が首領を射止めたかわからない。だからインセンティブの世界でも、自ずと貨幣とか公平さに重点が移ってくる。さらに社会構造も、兵農の分離がはっきりしてくる。

 つまり鉄砲一つで、それまでの価値観、政治、経済などがひっくり返り、社会におけるパラダイム・シフトが一気に進むことになったわけです 】と。

 群雄割拠の戦国時代をとらえて視点を変え、経済という観点からも分析しているところに、孫氏特有なビジネスマインドが見られます。この時代を描く歴史書には、武力による戦略などを語る戦国武勇伝や読み物が圧倒的に多いのに対して、彼のような切り口で政治経済とともに分析する書物は、あまりお目にかかれません。

 これらの見方を振り返れば、あたかも今日のIT技術を当時の鉄砲に、またアメリカ西海岸を京の都に見たてるが如く、孫氏がデジタル情報革命と称して、日本、ひいては世界全体を見据えた未来ビジョンの構想を描き、全経営資源をその革命に向けてシフトし、全身全霊で取り組んで行くその原形を、まさに信長に学んだビジョンや戦略の中に見る思いがします。

 では、もう一方の龍馬に対してはどう受け止めたのか。龍馬に対して強烈な感化を受けたのは、すでにこの連載その9で見ていただいたとおり、それは中学3年になる少し前、家庭教師に薦められて読んだときです。
 そのときは、“目からウロコでした。差別とか、国籍とか、人種問題とか、イジイジ・ウジュウジュしているとき、それがきっかけで人生観が一気に変わった。これはいかん、一回しかない人生。こうした問題で悩むこと自体がどれほどつまらないことか。わしは今までなんちゅう小さい男やったかと。彼の人生に照らしてみると、自分が情けなくちっぽけな人間だということに気づかされたとです。そして志って何だ? そのときは何を成したいか、というところまでははっきり見えていませんでしたが、このとき私にとっての志がちょっと芽生えてしまった”という受け止め方でした。

 そしてそのあと、この読書が世界を見て見ようと学生向けの夏休み40日間・アメリカ研修旅行に応募するきっかけとなり、さらにそこでの研修体験が、入学したばかりの有名高校を退学してまで、アメリカ留学へと駆り立ててしまいました。

 では、今回の入院療養中に読んだ2回目の読書ではどう受け止めたのでしょうか。氏は次のように語っています。

龍馬に受けた感化

龍馬は大きな歴史の流れをとらえる判断力や大局観、自分を捨てて事を進める使命感など、戦略的な事業家になくてはならないものを持っていて、傑出した戦略家であると同時に事業家だったと思います。もちろん西郷隆盛も人間的には好きです。が、そこには、戦略家あるいは事業家をあまり感じないのです。

 ペリー来航で、わざわざ浦賀まで見に行った好奇心旺盛な龍馬は、大きな時代の動きにどう乗るかを真剣に考え、大義のためだとして、殺し合いをしていた薩摩と長州の手を組ませる。
 諸藩から集めた軍資金で外国の武器を買い、次にその武器をまた諸藩に売って、とうとう幕府まで倒してしまう。さらに新政府の構想と舟中八策で、次世代の社会を描いてみせる。そこには、生き生きとした戦略家が躍動している姿を見ることができます。

 また、単なる金儲け目当ての商人ではなく、誰も及びもつかないような新しい事業を創造して、世の中に貢献する真の事業家が見てとれます。亀山社中という日本における株式会社、第一号の海運会社を創って新政府のもと、さらにこの会社を大きくし世界を相手に事業をやろうとした。

 小さな国・日本でも、日の丸を付けた船が世界の7つの海を航行していれば、世界中に日本の領土があると同じことだ、と考えていたんですね。

 一つの事業であげた利益を、今度はもっと大きな新事業、新しい事業展開への源泉にしていくという龍馬の発想は、まさに傑出した事業家そのものです。それだけに、私にとって龍馬がとても身近に感じられるのです。

 国のそんな壮大な将来ビジョンまで描いていた龍馬と向い合っていると、病床でくよくよしていた自分がつまらなく思えてきて、大勢の人々の輝く未来を考えれば自分一人の命などたかが知れているじゃないか、それに向けて今の一瞬を痛快に生きられれば、それでいいではないかという気持になり、勇気づけられたのです
】と。

 信長に感じたと同様、龍馬に対してもそのスケールの大きな戦略には、いたく感動している様子がわかりますが、決定的に両者の違うところも見逃していません。つまり龍馬に見ることのできる大義心・志です。
 スケールの大きい戦略といっても、信長の場合は あくまでも自己が前面に出た戦いに始終しているのに対し、龍馬の場合は、国家レベルの大勢の行く末を見据えた国民の幸せを背景に考えている点で、そこに利己が感じられません。

 戦国時代の戦いゆえ、それは仕方のなかった信長だとの見方もあるかもしれません。が、しかし新撰組などが跋扈している物騒な世の中で、自分自身が人を殺めることなどとは一切無縁にして事を成しとげていった龍馬に対し、孫青年は一層のすがすがしさを感じ、また一方、亀山社中のちの海援隊を作り、日本最初の株式会社まで作って世界を股にかけ貿易をやろうとしていた龍馬には、まさしく事業家としての身近さを感じている様子がよくわかります

 一つの事業であげた利益を、次の新しい事業への投資へと次々に展開している今日の孫氏の原形を、またそこに見ることができます。 

 孫氏の座右の銘である「志高く」は、龍馬の大義から学んでいること、またソフトバンク社のロゴマークも、龍馬の海援隊の旗から取ったものであり、これだけからも、いかに龍馬から受けたインパクトが大きかったかがわかります

 そして、これは病から回復した後のことですが、まだインターネットが世に出る前の1990年に、デジタル情報革命を謳って世に大きなことを成す意気に燃えたメッセージを、次のように語っています。

もう一度、革命を

【 基本的にデジタル情報革命の波というのは、世界中でほぼ同時進行であり、そこに参画しているのは、何もソフトバンクだけではなく、NECもあればIBMやマイクロソフト、あるいはNTTをはじめ多くの通信情報関連の会社などが、みんなやっているわけです。

 そんな中で我が社の特徴、あるいは僕自身の特徴というのは、少なくとも他の人がやっていない、あるいは意識してはいない、空間ビジネスの中でのインフラ作りです。このインフラというのが僕のキーワードなんです。
 パソコンとか、ゲーム・ソフト、あるいはワープロ・ソフトといった1つ1つの物を作るのではなく、これらのものが流れていく「場」、つまりその「場」というインフラ作りに、僕は全エネルギーを集中していこうと思っています。

 インフラの例として車社会をとれば、車そのもの、ガソリンそのものを作るのではなく、車がそれによって走ることのできる道路網、またオイルのパイプライン網、あるいは交通整理の信号網といえばわかり易いかもしれません。

 明治維新の新政府要人に名を連ねるよりも、事業で世界に打って出ようとした龍馬のスケールの大きさに習って、たった一回しかない人生、どうせやるなら全部のスケールの絵を描いて、でかいことをやりたいのです。

 維新時代、一蘭学者になるとか、何かの線引きをやるとか、船をつくるとか、役割分担はみんなあったわけですが、それよりも、どうせなら全体のスケールで物をとらえ、血が沸き、肉が踊る明治維新のような国全体の大きな革命をもう一度やるんだ、この国そのものを根底から変えてみようじゃないかという気持ち。そちらの方がはるかにおもしろいし、はるかにダイナミックです。

 今日の情報化時代では、デジタル情報革命がそれに相当します。世界中を見ても、私どものように早くからデジタル・インフラ業を明確に意識して、自らその旗印を掲げてやっている会社は、ないんじゃないかと思っています。

 龍馬を見習って、我々は現代の世界で新たな事業を興し、時代の一大革命を起こすべきだと思いますし、私もその一端をになって、たった一度しかない人生を龍馬のように痛快に生きられたらと思っています
】と。

 龍馬に倣った革命を目指す心意気が伝わってきます。今日、通信インフラの一角を押さえているソフトバンクを見れば、龍馬からこのときに得たものが、その後の孫氏のビジネスの中で脈々と生きて続けてきていたことがよくわかります。

 さてこの病床時の読書において、青年にもう1つ大きなインパクトを与えたことがあります。またそのとき社内に予期しない出来事も起こりました。これらも大いに参考になることとして、病の克服とともに次号でお届けいたします。

(連載・第二十一回完 以下次回につづく)


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
  • 岐阜県高山市出身
  • 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
  • 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
  • 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
  • 前:日本IBM  GBS 顧問
  • 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
  • 現:(株)アープ 最高顧問
  • 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
    コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
  • 始まったAI激変時代と地頭力
  • 始まったネット激変時代と成功する経営者像
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  • 成功する人・しない人を分けるもの、分けるとき。
  • もったいない、あなたの脳はもっと活躍できる!
  • こうすれば、あなたもその道の第一人者になれる!
  • 求められるリーダーや経営者の資質。
  • 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
  • 人生1回きり。あなたが一層輝くために。

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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