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その30 2つの激震、東西冷戦の終結とバブル崩壊を背景に打って出る

 さて、病の回復後に始めた孫青年のゴルフに関連して、その目標の設定やパープレーの達成などが、青年のビジネスに取り組む姿勢と重なり、それが普遍して語れることが多々あったことや、新たに読者からの要望が寄せられたことから、これまで3回にわたってブッシュ元大統領の言葉、武蔵そしてカラヤンなどの例を引用しながら、「ゴルフと経営」、「真理は分野を越えて横断する」などをみてきました。

 それでは、ここでゴルフから離れ、当連載その27のつづきに戻ります。そこでは青年が「有視界飛行」よりも「計器飛行」経営を徹底していたことをお伝えしました。そして、
 「年商などと言わないでください。うちは、月商なんです」と言う孫青年に対して、”何で月商なんですか?”と聞きただした当時の日本IBM椎名社長に”だって月ごとにどんどん変わっていきますからね。年商なんてのんびりとしたことを言っておられませんよ、流通はとにかく毎日が勝負です。月次決算で数字を見ても、1ヶ月前の数字ではまったく役に立ちません。毎日の決算を出すことにより足元の状態をすばやく知って、初めて対策が打てるようになります」
と答えているとおり、「千本ノック」といった、とにかく細かなデータのチェックシステムを駆使したことから、さすがの強敵ライバルも太刀打ちできなくなっていました。

 かくしてここから青年の快進撃が始まるのです。時は1989年、世の中に激震とも言うべく大きな変化が起こります。1つは東西の冷戦終結であり、もう1つは直後に訪れるバブル崩壊でした。
 そこで特筆すべきは、この激震を孫青年はチャンスととらえ、あの「龍馬」と「孫氏の兵法」を後ろ盾として、まさかの一転攻勢に打って出るのです。 一体、どんな手を打ったのか。

デジタル情報革命

 東西冷戦終結により、ベルリンの壁が崩壊した1989年、アメリカの国防総省が或るニュースを発表しました。
 それは、政府の主要国防機関とその多くの関連研究機関とを結んだ回線が、どこを攻撃されても必ず別のルートを通して相互にコミュニケーションを保てるよう、国防総省が早くから開発していたシステム、いわゆるインターネット技術を経済振興のため、商業用にも使えるよう民間へ無料で開放するというニュースでした。

 このような大がかりなシステムを民間に、無料で開放するというアメリカの度量の大きさを感じずにはいられませんが、ここで孫青年はその将来像をいち早く見抜き、デジタル情報革命を意識して、国際化戦略を打ち出すのです。
 1990年4月、世界に照準を当てた宣言として、まず社名を日本ソフトバンクから「日本」の2文字を外し、「ソフトバンク」としました
 と同時に、強力なネットワークインフラ作りに向け、パソコンLAN用基本ソフト分野で圧倒的なシェアを誇っていた「ノベル社」と合弁して、日本法人を設立してしまいます。アメリカにすぐ飛んで、「ノベル社」の社長に直談判して即決したのです。

 同様な形で今度は、LAN相互接続に不可欠な機器であるルーターの、世界50%以上のシェアを誇るシスコシステムズ社と交渉、1992年5月にはその日本法人までも設立してしまいます。
 青年は持ち前の熱血交渉術で、矢継ぎ早に構想の戦略を実践に移して、着々とインターネット社会への足固めをしていくのです。

 のちに、この当時のことを氏は、
 「パソコン産業の成長ステージは、今までに3つありました。最初は1982~3年頃、主にゲームソフトなどホビー用として使われ出したころ、2番目は1989~90年頃で、ワープロソフトなどで個人の業務で使われ出した時期です。
 3番目が1994年頃からで、パソコンがLANでネットワーク化されて使われる時期です。1990年当時、こうなることを予想して、これらの会社に働きかけたのです」
と語っています。

バブル崩壊を逆手に取る孫青年。それを後押ししたのはまたもや龍馬

  もう一つ、攻勢を仕掛けるきっかけとなったのは、バブルの崩壊による低金利という側面でした。
青年は語っています。
 「資金を調達する上で、歴史的に見て二度とやってこない低金利だということ。まさに戦後のどさくさに相当する時期といえます。かつて日本経済の歴史の中で、0.数%でお金を借りられる時代があったでしょうか。ついこの間まで6%とか9%とかしていたわけです。今、欧米でも8~10%出さないと調達できません。新しい事業をやる者にとってこんなチャンスはないのです」と。

 そして来るべき情報革命を担うインターネット時代のための事業用資金として、この低金利を活用するのです。 それだけではなく、さらなる飛躍に向けての軍資金集めに株式公開の準備に入ります。
 以降、矢継ぎ早に次々と手を打っていくのですが、それもこれも「大きなことを成す」という観点で、強力に後押ししたのが、またもや龍馬でした

 氏は語ります

 【 最初に司馬遼太郎の「龍馬がゆく」を読んだのは15歳の頃、脱藩し龍馬に後押しされるように、高校を中退までしてアメリカ留学を決意しました。
 また2回目に読んだのは、会社創立後まもなく「死」を宣告された病床の中で、“たとえ死を宣告されたとしても、たった一回しかない人生。龍馬のように痛快に行きたい”と、生きるエネルギーをもらったときでした。
 そして株式の公開に向けて「龍馬がゆく」に目を通したのが3回目です。

  明治維新がほぼ成って、新政府の要人リストに自分の名前を入れるよりも、これからは世界の海援隊だということで、世界に打って出ようとした龍馬。
 僕は、その龍馬のすがすがしさというか、スケールの大きさに、再び強烈な感銘を受けたのです。
 バブル崩壊後の日本は1億総自信喪失症にかかり、みんな信号待ちの状態で、動かないことが安全だというふうに思っていました
 一方、世界の情報革新は目まぐるしく進んでいて、時はまさにインターネットが爆発せんとする時期でした。

 このように情報の世界が1日単位で激変しているにもかかわらず、大企業の経営者、政治家、教育者などは、腹の底からそういう現実を理解していないように見えました。
 進むことイコール危険というマインドコントロールから早く覚めなければ、世界との相対的スピードの中で、日本はたいへん危険な状態に置かれてしまう。
 信号待ちしている間に、ジャパンバッシングからジャパンパッシング、そしてジャパンナッシングとなって、日本が世界から置き去りにされ、見捨てられるという状況になってしまうのです。

 だから、思ったのです。株式公開では、これまで経営者、創業者が、そこで出来あがりとなってしまうことがしばしば見られたのですが、それでいいのだろうかと。
 その守りに入った経営で、年間2~3割の売上げを伸ばすことに満足するよりも、どうせ一回きりの人生、悔いを残さないよう一層積極的に動くことの方がずっと価値があるのではないだろうか。むしろこれは始まりだ、ここから龍馬のように打って出ていくんだ、と思うようになったのです 】と。

 そもそも孫青年が、当連載その22の「孫子の兵法は事業スタンス」の項で、“肝心なのは、そこにある志と理念です。その志には高潔で品位の高いものだという絶対的な自信が誰よりもなければなりません。ソフトバンクは、「デジタル情報革命を推進するためのインフラを提供すること」を志・使命としています“と言っていましたように、青年の「志」としてあったのは「デジタル情報革命」に向けたインフラ作りでした。

 技術革新が絶えず起こる分野で、人がしないこと、世の中を変えられること、人に役立つこと、最高になれること、そして また自ずと熱意がわいて、好奇心を維持できることとして、その創業で始めたのは、マイクロソフトやオラクルなど多くのソフトメーカー、いわゆる各プレイヤーの作品すべてを、「ソフト流通」というインフラの舞台で取り扱う日本初の事業でした。
  “われわれはプレイヤーではない、プロデューサーでもない、われわれはステージである。”、という青年の言葉の如く、ソフトメーカーに対する舞台、場というインフラの提供でした。
 そして3回目となる「龍馬」に再び大いに刺激され向かった先は「M&A」、それも傍から見れば破天荒と映る大型買収というものでした。
 大型買収といえば、つい最近の2016年、ARM社を3兆円もの高額で買収しましたが、この1990年代の初期にもくろんだM&Aがその先鞭になります。

作今の赤字は見かけだけのもの

 作今、ソフトバンクグループは2020年3月期決算が1兆3500億円という巨額の赤字になる見通しだと発表しました。近来にない初めての赤字の報告です。しかしたとえ赤字といえども、どこかの大企業のように損失隠しに走るようなことなどはしないのが孫氏です。
 氏の
  “私は決して間違ったことはしないつもりです。法は犯さない、法には常に従う。そして法の精神を尊び、方法的には柔軟に対応する。私の名は「損しても正義」。私はこの名前が大好きです。損するような時でも、真っ正面から堂々と人生を歩みたい。小手先のテクニックで上手に世間を渡る必要はない。正義を貫き、それでもケガをしたらそれは名誉の負傷、そのうちケガも吹っとぶ、こんな気持ちです”
 と言っている言葉は、この連載の巻頭「はじめに」の項で紹介したとおりです。

 そして今回、その巨額の赤字見通しを隠すことなく、発表した孫氏でした。この赤字の中身は、ビジョンファンドによる約1兆8,000億円の投資損失というもので、その要因の1つが、新型コロナ禍による世界経済の停滞です。
 これには先を見るのに長けている孫氏も、さすがに予見することなどはできなかったわけです。
 しかし、このような巨額の赤字といえども、ソフトバンクグループが破綻するということはありません。なぜかというと、その内容にあります

 倒産とか破綻とかは、最終的にカネが切れたときで、赤字をどれだけ出してもカネがある限りは倒産しません。投資先の株価が下落した場合には、今回のように損失を計上し、損失の額によっては赤字となります。
 しかし、その段階でキャッシュが減るということはないのです。株式を売却するまでキャッシュの回収額が確定しないからです。

 ソフトバンクグループの投資会社の場合は、先にまずカネが外に出ており、そのキャッシュの回収は投資先の株式を売却するまでの長期を予定しています。 
 そのため、社債や銀行借入などの資金調達も長期的な目線で実施されており、その償還・返済期限が迫っていない以上、資金繰りの問題はないのです。
 また、投資会社は商品の仕入ということもないので、買掛のように後から支払わねばならないというお金も当然不要です。

 したがって投資会社としての赤字は、キャッシュを伴わない単なる数字でしかなく、赤字となっても資金繰りにはすぐに影響が出ないのです。
 投資先の株価が上がれば会計上の見かけの利益が計上され、株価が下がれば見かけの損失が計上されるというだけです。
 投資会社が破綻するのは、投資が上手くいかず、将来、株式売却で資金を回収できないとして、投資家や銀行が懸念し、新たな資金支援を行わなくなり、最終的にカネがなくなった時です。
 今回の赤字は見かけだけの側面を見たものであり、現にソフトバンクグループの本業である通信インフラの業務が黒字で順調な成長を続けており、あくまでもこの屋台骨がしっかりしている限り、破綻という見通しにはならないのです。

孫青年の次なる飛躍に向けた行動とは

 さて、低金利の資金、そして株式上場から得られる軍資金を資本として、どのようなM&A先を考えたのでしょうか。それには、孫青年が起業したソフト流通業を始めるときに、その顧客をどのようにして得るようにしたのかを思い出していただくとわかります。
 それは当連載その16で見たように、大阪で開かれた家電の見本市にあります。資本金が1000万円だった当時、その8割の800万円をかけて、ソニーや松下電器と同じ広さの一番大きなブースを構え、そこで新規起業の日本ソフトバンクを告知しました。
 結果、日本で3番目に大きい家電の販売会社・上新電機から取引依頼が入って、売上ゼロの状態から一気に年商36億円もの会社となった経緯から、青年は展示会というものに特別な思いを抱いていたと思われます。

 当時、世界最大規模のコンピューターの製品展示会として、毎年11月ラスベガスで開催されていたコムデックスという展示会がありました。
 時は1993年の秋。そこに一介の見物客として孫青年が訪れました。そして高い金を出してやっとその講演ホールに入ることができたものの、どうしてもいい席でその基調講演・キーノートスピーチを聞きたく、ちゃっかりマイクロソフトの招待席に座ってしまいます。
 会場の係員から“そこはVIP席だからどいてくれ”と、何度言われても、ついに席を空けることはなかった青年でしたが、そのキーノートスピーカーの前に、万雷の拍手で迎えられて挨拶をするあのコムデックスオーナーの晴れ晴れしい姿が、この青年の脳裏にしっかりと刻み込まれていました

 ここから手に汗にぎる大型M&Aのドラマがはじまるのです。これは見ものです。次号以下、詳しくお伝えします。


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
  • 岐阜県高山市出身
  • 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
  • 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
  • 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
  • 前:日本IBM  GBS 顧問
  • 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
  • 現:(株)アープ 最高顧問
  • 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
    コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
  • 始まったAI激変時代と地頭力
  • 始まったネット激変時代と成功する経営者像
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  • 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
  • 人生1回きり。あなたが一層輝くために。

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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