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その31 日米のM&Aに対する考え方の違い

 コムデックスという世界最大規模のコンピューター展示会に一介の見物客として訪れた孫青年が、なぜ、その基調講演会場で係員の制止も聞かず、ちゃっかりとマイクロソフトのVIP席に座ってしまったのか。
 それはその頃のソフト流通業として取り扱うソフトの中で青年の先を見る嗅覚が働き、マイクロソフトのソフト製品に主力を注いだことから、ビル・ゲイツと親しくなり始めていたからです。
 青年は言っています。

 【 1980年代後半、日本産コンピューターは会社ごとに基本ソフト(OS)が違っていました。 私はいつかほとんどのコンピューターが同じOSを搭載するだろうと予想しました。 その中でも最も有力な候補がマイクロソフトのウィンドウズだった。
 だから1990 年前後、私はマイクロソフトの創業者ビル・ゲイツに何度か会って、“日本国内でのマイクロソフトのソフトウェア独占販売権が欲しい”と伝えたのです。 結果、ビルは快く応じてくれました。 これが非常に大きな成果につながったのです。
  1992年にマイクロソフトが出したウィンドウズ3.1が、実際に日本コンピューター業界を平定し、ウィンドウズのもとで駆動するエクセルやパワーポイントなどのソフトウェアが飛ぶように売れたのです。
 売上は1992年に1000億円を超え、1993年にはさらに伸びました。そしてビルと私は1〜3カ月ごとに会う仲になりました 】と。

展示会場は、絶好のビジネス告知の場所

 当連載その16でお伝えしたように、青年が日本でビジネスを始めたときに大きな役割をしたのは大阪で開かれた家電の見本市でした。それがきっかけで上新電機という大魚との取引が始まったからです。
 したがって青年の頭の中では、見本市や展示会というものが営業・告知という観点から大きな領域を占めていたはずです。
 大阪ではブースを借りて、1展示社としての告知・営業行為だけでしたが、このコムデックス会場で世界の業界通3,000人を前にして、万雷の拍手で迎えられ挨拶をするコムデックスオーナーの晴れ晴れしい姿を見て、今度はこの展示会のオーナーになれば、世界に対しても告知でき認知される、と考えたに違いありません。
 それは次に取った青年の行動からもよくわかります。氏は語ります。

 【 私はその会場で、オーナーのアデルソン会長が会社を売却しようとしている情報を耳にしました。私は直ちに会長控室を訪れ、自己紹介と自社の展望を簡潔に話し。“会長はコムデックスを手放そうとされているということを耳にしましたが、買いたいと思っていますが・・・”と言うと、明らかに資金などがありそうもない若僧の私に対して“資金はあるのか”という質問が返ってきました。
  そこで私は“今はありません。 しかしわが社の名前は‘バンク(bank、銀行)’です。 大金が入ってくるような気がしませんか”と答えると、アデルソン会長は大笑いしました。 私は“コムデックスを買いたいと思うのは、単にお金を稼ぎたいということからではありません。 私はPC業界を本当に愛しています。 会社を買って、米国だけでなく世界市場を開拓したいのです”と真摯に訴えました。 このときアデルソン会長と心が通じたとを感じました 】と。

 ここに青年が金利が安くなり、バブル崩壊時に考えていたことが、その行為として初めて表に現れています。つまりM&A、企業買収です。
 日本では古来から相続が伝統であり、家業を命のように考える文化があるため、この企業買収というものは、つぶれた企業のやむを得ない選択、または他人が努力して育てた企業を‘乗っ取る’行為といった否定的なイメージが強くありました。
 しかし欧米ではまったく違った受け止め方をしていること、そしてこのM&Aに対して青年はどのような見方をしているのか、それを次の言葉から汲み取ることができます。

M&Aの意義 

 【 私は、M&Aは、すごく重要な戦略的手法の一つであると考えています。会社が普通に成長するのに比べ、それは一段階も二段階も高い成長率を可能にしてくれます。そこにM&Aの魅力があるわけですが、私の場合、それ以上に大きいと思うのは、時間とコストがセーブできるという点です。
 技術革新のスピードがこれだけ速くなると、最先端の技術に常に対応しなければならなくなります。絶対に確保したい事業分野も急速に増えてきます。それに対して一から手作りで対応していたのでは、とても追いつかないのです。M&Aはこれを一気に解決してくれるわけですから、どうしても欠かせない重要な経営戦略になります。

 ところが、日本的な経営手法では、これまでM&Aというと、なんとなく邪道で、乗っ取り屋のイメージが強かった。創業者が経営に失敗して手放すといった負け犬か、そうでなければ業績が伸びている会社に対する絶対的M&A、乗っ取りという2つのパターンしかなかったからです。
 あるいは最近では事業拡張を一種のギャンブル的な考え方として、あるいは人の褌で相撲を取ると考える人たちがいるようですが、アメリカではその種のイメージはまったくなくて、会社は生き物であるという意識が強く、それを健全に継続して育てていかなければいけない、という思想が連綿と流れているのです。

 つまり血族に事業のリーダーを引き継がせても、その後継者に能力とやる気がなければ、本人も従業員もその家族もみんなが不幸になってしまう。それなら、意欲に燃える経営能力の高い別の企業家にまかせたほうがいい、という考え方です。だから欧米では、より戦略的な観点からM&Aをどんどん押し進めているのです。
 いつも言うんですが、優良製品を一つでも多く作ろうとか、1社でも多くお客さんを開拓しようとか、そういった日常の仕事は部長や課長レベルにまかせ、もっと大きな成果を求めて、自分の陣地をすばやく確実に拡大し強固な拠点にしていくという、戦略的な方面に心血を注ぐのが本当の経営者の務めではないかと思っています 】と。

 ここからも、青年はM&Aを時間と経費の節減という観点から捉えていることがわかります。これは欧米での考え方と同じです。
 しかしM&Aといっても単なる売りと買いではないということ、それは物の売買とは大きく違って、そこには生身の人間が介在してくるということで、このことを充分認識し、配慮して事にあたらなければならないと、次のように語っています。

孫子の兵法・「戦わずして勝つ」

 【 しかし、M&Aは円満にやらなければなりません。戦に例えれば、敵を傷つけないで、自分の兵力も傷を負わなく、双方の兵力を統合できるやり方。それが、いちばん良策です。
 敵を徹底的にやっつけて、マーケット・シェアを増やすというやり方は、相手も自分も傷つきます。それだけ、お互いの利益が損なわれるわけです。ですから、孫子の兵法・戦わずして勝つ、戦わずして兵力を倍増できるのが、最良のM&Aです。

 もちろん、M&Aで相手を引き入れるということは、くっつきやすい反面、離れやすい面もあるわけですから、もろさも当然あります。だからM&Aだけに頼るのは危険ですが、かといって自社の生え抜きだけを重宝して、自分でゼロから築き上げてきたもの以外は、本丸の兵力と見なさないというやり方も、器が小さすぎます。いろんな相手を大きく飲み込んで、大きく拡大していけばよいのです。

 ただ、大事なのは、M&Aの相手の兵力を、自分たちで作り上げてきた兵力以上に尊重してあげることなんですね。先方が培ってきた文化や手法、やり方や考え方を最大限に尊重して、できるだけそれを吸収しようと努力することが大事です。
 とくに注意したいのは、自分たちは本国で、君たちはわれわれの属国だというような誤った考え方を、頭や心の片隅にほんのちょっとでも持った途端、相手側はそれを敏感に感じ取ってしまいます。それでは、双方の関係は非常にもろい状態になるでしょう 】と。

 氏は自社のビジネスを助長してくれる手法として、今日まで数々のM&Aを実行してきていますが、今でも“敵対的M&Aというものもあるが、これまで私は一度もしたことがない”と言っている通りなのです。
 そしてそのM&Aが国をまたがるようなものであれば、さらに文化の違いにまで細かな配慮が必要だと、次のように言っています。 

 【 以前、私はM&Aをやった日本の企業が、アメリカ人の社員にラジオ体操をさせている光景をニュースか何かで見て、びっくりしたことがあります。
 ラジオ体操は、日本人にとってあたり前かも知れませんが、アメリカ人から見ると非常に違和感が大きいと思うんです。ちょうど、日本人の社員にレオタードを着せて、毎日エアロビクスをやらせているようなものです。
 先方が、なんでこんな恥ずかしいことをさせられるんだと、少しでも思ったら、もう心は離れてしまいます。
私は人を命令で従わせるのではなく、目的を共有しながら同志的に結びつくとか、お互いに尊重し合いながら手を携えるような相互関係が大切だと思います。
 だから、そういう本当の相互関係を作り上げることができるなら、M&Aは最高の経営的拡大手法の一つで、こうした開かれたM&A 、健全なM&Aへの理解が、もっと日本でも広まって欲しいと思うのです 】と。

今日でも日米ビジネス界の違いにショックを受けた経営者

 日本でもこのようなに、“健全なM&Aへの理解が広まって欲しい”と望んでいる孫氏ですが、まだまだということのようです。それを裏付けるのが、最近、AIとIoTを使ったヒット商品の翻訳携帯機、ポケトークを開発した松田憲幸氏の言葉です。
 松田氏は、英語のソフトを日本語にローカライズし、それを日本で販売することから事業を始めた方です。

 当初、その英語版ソフトを仕入れるために、IT産業のメッカであるシリコンバレーへとたびたび出張していたものの、2週間、1カ月と、長く滞在すればするほど取引が多く成立することを体験したことや、またITの最前線で業界の潮流変化をとらえ、ITの世界で成功するための経営術まで学ぶことができることから、それならばいっそのこと移住したほうがいいのではないかと、2012年からしばらくの間シリコンバレーへと家族で移住した方です。
 だからアメリカにおける日常ビジネスの現場に直に触れることができるようになったことから、日本と違うところがはっきりわかってきたと言っています、その1つがM&Aだと、松田氏は次のように語っています。

 【 2012年にシリコンバレーに移り住んだとき、大きなショックを受けたのが、自分が属する会社や事業の売却に対する認識の違いでした。
 多くの経営者が自分の経歴に<創業した○○社を○ミリオンドルで売却>と、買収された実績を強調するように冒頭に書いていたのです。
 経営者がこんなことを書いて、社員はどう感じるのだろうか。社員はマイナスに受け取ることはないのだろうかとアメリカ人の知り合いに言うと、
 “あなたは何もわかっていない、会社の売却で社員が喜ぶのです。なぜなら、スタートアップで、みんなストックオプションをもらっていて、売却がうまく運べば社員たちも大金を手にするからです。売ってほしいという会社が現れたと、社長が社員に話したら、社員のほうから社長に<売ったほうがいい>と迫る場合もあるのです“
 と言うのです。

 日本では考えにくい光景ですが、これが現実なのだ、と考えを改めました。自分の勤める会社が高く売れたら、社員に与えられた株の価値も上がって、社員にと っては、住宅ローンを返せる、生活もラクになる、子どもを私学に行かせてやれる。
 だから、社員が社長をけしかけるケースもあるというわけです。そして、優秀な経営者についていこうとする。自分も潤うからです。モチベーションエンジンが明快です。
 たしかにその後、さまざまな人に会ったり、本を読んだりしてわかったのですが、社員もそうなることを期待してスタートアップ企業に入っているのです。

 ヤフーがフェイスブックを10億ドル (約1070億円)で買いに来たときは、社員たちがザッカーバーグさんに“売上ほぼゼロの会社に10億ドルの値がついているのだからチヤンス、売りましょう”と口々に言ったそうです。
 なぜ日本の組織で、そうならないのか。それは、日本人の一般社員は株を持っていないからだ、と気づきました。外部の株主以外は、社長や役員が独占しています。上場前の会社を売ることに対して社員が喜ぶなんて、ほとんど開いたことかありません。
 IPO(株式公開)で社員が喜ぶのはわかります。しかし、IPOではなく、会社の売却です。ただ、日本で未上場企業の株を、一般社員が持だされているケースは極めて少ないでしょう  】と。

 アメリカでの今日の状況がよくわかる松田氏の話です。前述しましたように、孫青年は1990年前後からソフト流通を通してビル・ゲイツとも親しくなり始め、すでにその頃からアメリカビジネス界の成長戦略の一つ、M&Aも学んでいたわけです。
 そしてコムデックス会場において万雷の拍手で迎えられ挨拶をするその展示会オーナーの晴れ晴れしい姿を見て、さっそくこのM&Aへの行動が表に出てきたのでした。
 以降、堰を切ったように次々と大型M&Aを仕掛けていくのですが、それらの展開が見ものです。

(連載・第三十一回完 以下次回につづく)


執筆者 梶谷通稔
(かじたに みちとし)
  • 岐阜県高山市出身
  • 早稲田大学理工学部応用物理学科卒
  • 元:米IBM ビジネス エグゼクティブ
  • 現:(株)ニュービジネスコンサルタント社長
  • 前:日本IBM  GBS 顧問
  • 前:東北芸術工科大学 大学院客員教授
  • 現:(株)アープ 最高顧問
  • 講演・セミナー・研修・各種会合に(スライドとビデオ使用)
    コンピューター分析が明かすリクエストの多い人気演題例
  • 始まったAI激変時代と地頭力
  • 始まったネット激変時代と成功する経営者像
  • どう変わる インターネット社会 あなたやお子さんの職場は大丈夫か
  • ビジネスの「刑事コロンボ」版。270各社成功発展のきっかけ遡及解明
  • 不況や国際競争力にも強い企業になるには。その秘密が満載の中小企業の事例がいっぱい
  • 成功する人・しない人を分けるもの、分けるとき。
  • もったいない、あなたの脳はもっと活躍できる!
  • こうすれば、あなたもその道の第一人者になれる!
  • 求められるリーダーや経営者の資質。
  • 栄枯盛衰はなぜ起こる。名家 会社 国家衰亡のきっかけ。
  • 人生1回きり。あなたが一層輝くために。

テレビ出演と取材(NHKクローズアップ現代、フジテレビ、テレビ朝日、スカパー)

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